お菓子の絵
空気が入れ替わりました。
朝日が東の空をオレンジ色に染め、ビル群のシルエットもくっきり見えます。
蒸し暑さもなく、涼しく乾いた空気、これは、秋かも。
美しい朝の風景、絵心をそそる。

絵心はそそられますが、残念ながら、1ミリもなし(笑)
こんな一瞬、ささっとスケッチできたらいいのにな~。
仕方ないから、とりあえずスマホで撮ってみました。
美しい朝日は、最高のサプリメントです。
さて、お菓子の家やお菓子の国は、子どもたちの永遠の憧れですよね。
大好きなクッキーやチョコやケーキでできたお家なんて、想像するだけうっとりします。
ヘンゼルとグレーテルが森で見つけたお菓子の家に誘惑されてしまうのも仕方ないなぁ、
なんて、絵本を読みながら思ったものです。
でも、朝刊の暮らし面に切なく悲しい「お菓子の絵」のお話が載っていました。
「昭和のくらし博物館」館長の生活史研究家、91歳になる小森和子さんの記憶です。
1944年8月、東京の小石川区の国民学校5年生だった小森さんは宮城県の鳴子温泉へ学童疎開。
食糧難の時代、大勢の子どもたちがやってきて疎開先も調達が大変でした。
育ち盛りの子どもたちはいつも空腹を抱え、男の子は絵具までなめていたそうです。
おなかがすいた・・・その辛さを紛らわせようと絵が得意だった小森さんは
お菓子の絵を描きました。渦巻パンやきんつば。影をつけて立体的に描いたら、
みんなが欲しい欲しいと言って、ノートもないので小さな紙を手に来るのです。
ある男の子に桜餅を描いてあげました。
「きゅっとかんだら、あんこが出てくるのよね」と言ったら、
その子は泣きだしてしまったそうです。
親と離れた疎開先で空腹を抱え、必死に耐えていた幼い心が決壊してしまったのでしょう。
「百年戦争と言われ、自分たちはここにずっといなければならない。絶望していました」。
大人たちが観念として唱えた「百年」の罪深さを思う。
未来が広がるはずの子どもたちにとっては「百年」は絶望的な呪いになっていたのだ。
百年も戦争が続いたら、僕たちは、どうなるんだ。
きゅっとかんだら、あんこが出てくる桜餅をほおばる日なんて、来ないのかもしれない。
泣き出した男の子の絶望を思うと、胸がふさがれる。
ふと、また、あのヒーローが浮かんできた。
アンパンマンだ。
作者やなせたかし氏の戦場での強烈な飢餓体験がアンパンマン誕生のきっかけと言われます。
朝の連ドラ「あんぱん」でもゆで卵を殻ごとむさぼる場面が描かれていました。
「絶望の隣は、希望です」
そんな印象的な台詞もありました。
桜餅の絵に泣き出してしまった男の子は、その後どうなったのだろう。
戦後を生き抜き、きゅっとかんだらあんこが出てくる桜餅の甘さを味わえただろうか。
長く暑い夏が過ぎ、秋めく晴れた日、あんこたっぷりのおはぎなどを頬張れただろうか。
絶望の隣にいる希望に会えただろうか。
戦後80年の秋のはじめの朝です。

琉球張り子。
子どもたちの健やかな成長を願う伝統玩具。
未来と希望も仲良しだ。


