日本衆
クリスマスまで一か月を切りました。
サンタさんを心待ちにするお年頃でもないけれど、
この季節になると、いくつになっても、心がウキウキしてきます。
街もすっかりクリスマスモード♪

ご近所の商業施設にもクリスマスツリーが登場。
キラキラ輝く色とりどりのオーナメントが美しい。
ツリーの根元に積みあがったプレゼントの箱がさらに心を沸きたてます。
息子が小さな頃、おもちゃを包んだ箱をツリーのそばに置いていましたねぇ。
懐かしいノスタルジックな思い出なり。
街はクリスマスムード、となると、今年もそろそろ忘年会シーズンですね。
みんなでワイワイ飲んで食べて、今年もお疲れさま~、カンパ~イ!
宴もたけなわ、そろそろお開きかな~なんて、そんな時、いつも、気になる場面があります。
なぜか、大皿に一つだけ残る料理!
昨日、コメンテーターとして出演させて頂いたHBC「今日ドキッ!」の特集テーマは
「大皿にポツンと一つだけ残る料理!なぜ残るのか?キニナル」でありました。
あるある、こういうシチュエーション、大皿にザンギやだし巻きが一つだけ・・・
なぜか、誰も、手を出さず、いつまでもテーブルの上にある状況、
あれって、ホント、不思議な現象ですよね。
取材VTRでもまさにその現場が次々と映し出されました。なぜ残るのか?
40代「気を使って誰かが食べるのも待っている」
40代「最後の一個を自分がいく後ろめたさ」
30代「お互いけん制し合っている」
50代「日本人の心持として一つ残ると取りづらい」
なるほど、なるほど、わかる、わかります。
そう、「日本人の心持」がキーワードかもしれません。
精神医学の専門家は日本人特有の和を保つための「遠慮」と「取り越し苦労」が背景にあると分析。
家族や親しい友人よりも親密度の低い会社関係などの集まりでは
自分が最後の一つを取ることで「協調性よりも自分を優先する人」と思われるのではないかと「取り越し苦労」、
先を読みすぎて「遠慮」してしまう傾向があるのだそうです。
一方、番組でご一緒した北京駐在経験のある北海道新聞の鈴木徹さんが打ち合わせで仰っていたのですが、
中国では料理はすべて平らげず、あえて少し残す習慣があるのだそうです。
きれいに食べきってしまうと「量が足りなかった」「満足していない」と受け取られるため、
少し残すことで「もう十分いただきました」「お腹いっぱいです」という気持ちを伝えるのだとか。
ほほぉ~、ところ変われば、最後の一つの意味も変わるものですね~。
関西では「遠慮のかたまり」、関東では「江戸の一つ残し」、熊本は「肥後のいっちょ残し」、
佐賀は「佐賀んもんのいっちょ残し」なと各地で色々な呼び名があるようで、
青森県津軽地方では「津軽衆」と呼ぶのだそうです。
津軽の人々は自分たちを「遠慮深い」と認識していて、お皿に一つ残すのは遠慮深い人の行動、
それを自らと重ね合わせて「津軽衆」と呼ぶのではないかと言われています。
さらに、その最後の一つを勇気をもって食べた人を「津軽の英雄」と呼ぶらしい。
「遠慮」や「取り越し苦労」を乗り越えた「英雄」ってことね。
さりげなく他者への配慮を示すようでもあり、
同時に和を保つために周囲の目が必要以上に気になってしまう遠慮のかたまり。
確かに日本人の特性の一つをわかりやすく物語る光景ではあります。
大皿にポツンと残った最後の一つ。
それは「日本衆」であり、
それをパクッと食べたら「日本の英雄」なのだ(笑)
とはいえ、
ま、忘年会、クリスマス会、食べたいものを食べて楽しみましょう、ね♪

もりもとのプチパンが並んだ。
我が家には「遠慮のかたまり」は存在しない(笑)
あらかじめ仲良く2個ずつ買ってくるもん。


