あの時、何食べた?

朝からご機嫌な青空が広がっています。
日差しは強く、気温も高め、でも、なんだろう、真夏とは、違う。
空が高くなり、空気もどこか秋めいているような気がします。
ふと見上げたもみじの枝先は移りゆく季節を物語っていました。


青々とした夏もみじの枝先の葉が、ほんのり色づいています。
今年の夏が暑かったせいか、残暑が長く続いているせいか、
はっとするような赤いもみじではありませんが、
9月最初の週末の朝、小さな秋を見つけました。

今日は9月6日。
胆振東部地震から7年となりました。
道内では土砂崩れなどで44人が犠牲となり、
北海道全域でブラックアウト=全域停電が発生しました。

7年前の9月。
あの時の経験、教訓から道内各地、それぞれの地域、企業、学校、家庭では
いざという時にどう備えるか、どう行動するのかといった防災への意識が高まりました。
今朝の北海道新聞も「胆振東部地震から7年」関連の記事がたくさん載っています。

「ブラックアウト 何食べた?」
こんな見出しがついた記事もありました。
胆振東部地震の発生時、ブラックアウトの中で、何を食べていたのか、
震災時の食にまつわる体験を来場者が付箋に書いて貼る参加型のイベントが
札幌中央区で今月25日まで開かれているそうです。

イベント名は「9月6日ブラックアウトのなかで~なに、食べた?」
北海道NPOサポートセンターなどの主催で開催されたイベントで
来場者が書いた付箋があの日の食の記憶を伝えています。
「家の近所でBBQしている家が多かった」
「農家さんから『レタスが出荷できなくなった!』とSOSが来て、取りに行った」

確かに、電気が止まった冷蔵庫の食材を無駄にしないため、
庭やガレージでBBQをしたお宅はけっこうあったと聞きましたね。
収穫の秋なのに、出荷できなくなった農作物も多かったし、
あの9月、そうだよね、私たちは、なに食べていたんだろう。

たまたま日中、一人で過ごしていた私は、なに食べた?
まず冷蔵庫をチェック、普段からあまり買い置きしない方なので
心配になる食材はあまりありませんでしたが、冷凍庫のアイスは困ったな。
とりあえず常温で食べられるパン、ガスでお湯を沸かして淹れたコーヒー、果物を食べて、
食後に無理やりアイスを食べた・・・ような気がする。

あの時、なに食べた?
食は誰にでも共通する話題なので、地震に関する記憶を共有するきっかけになりますね。
中国や韓国、タイ、台湾など東アジアの言語圏では「ごはん食べた}という挨拶があるように
「なに食べた?」は相手の健康や状況を気遣う思いやりにもつながります。

災害時に口にした温かいごはん、みそ汁、スープ、うどん、ラーメン・・・
その温もりは、心とお腹を芯から温め、生きるエネルギーをチャージしてくれる。
7年前のあの時、なにを食べた?誰と食べた?
食の体験から災害を考えるのも大切なんだと思う9月6日の朝です。


2025年9月6日の朝。
紫色のサルビアが咲いていた。
7年前のあの日もよく晴れた秋の日だった。