まちの灯り

日暮れとともに

心も胃袋も

温めてくれる

博多名物

まちの灯りよ

2022秋の福岡旅リポート~再び博多編その⓶。

晩秋の週末2泊3日旅の初日は博多の歴史、文化、グルメを楽しみ、

2日目は開業1か月の西九州新幹線で長崎日帰り弾丸ツアーを決行、

午後5時過ぎに博多に戻り、夜の那珂川沿いを歩きながら夕食へ。

2泊3日の旅はあっという間、今夜が博多最後の夜になりました。、

ネオンが映る川面をぼんぼりを灯した屋形船「中州はかた舟」が

滑るようにゆく光景は本当に風情があって映画のワンシーンのよう。

しっかり旅の記憶のアルバムに留めておきましょう。

福岡に仕事で短期滞在中の息子夫婦と待ち合わせたお店は

中州に隣接する博多の美食スポット「春吉」にあります。

晩秋の夜の博多の風情を楽しみながらそぞろ歩いていると

お~!!!博多名物を発見!!!

博多の夜といえば「屋台」!

日暮れとともに灯りがともる博多の屋台は

市民にとっては日常の風景、旅人にとっては魅力的な非日常、

ラーメン、おでん、餃子、焼き鳥、天ぷらにフレンチ、イタリアンなどの

進化形屋台までバラエティ豊かなお料理は気軽に楽しめるグルメ天国。

風流な川の景色を背中にしょって

年代も様々なお客さんが肩を寄せ合い席を分け合いながら座って

みんな笑顔で博多の屋台料理を楽しんでいます。

いいねぇ~、お店の予約がなければ、ふらふら引き寄せられそう(笑)

博多の屋台は中州、天神、長浜の3カ所にあり、現在102軒が営業中、

その数は日本全体で現存する屋台の約半数を占めると言われ、

これほどの都市のど真中に現役で賑わっているのも博多だけ。

福岡の食文化を代表する貴重な観光資源であり、文化資産なのです。

「屋台」の始まりは江戸時代の享保年間。参勤交代の武士や

流れてきた労働者などシングルの多かった江戸の外食需要の高まりを受けて

大いに発展、寿司や蕎麦やおでんもみんな屋台から始まりました。

現在の屋台は終戦後、被災者や未亡人、引揚者たちの復興の糸口がルーツ、

いわば戦後の屋台は敗戦の落とし子とも言えます。

終戦後、全国に一気に普及した屋台はやがて社会の復興とともに、

衛生面や場所、美観などの問題から厳しい規制が敷かれるようになり激減。

しかし、福岡では「屋台の灯を消してはならぬ」と経営者たちが組合を結成、

存続運動や裁判などでその意義を訴え続け、市民や観光客の支持を得て、

全国半数の規模を誇る屋台街が生き残っているのでした。

戦後の焼け野原に誕生した福岡・博多の屋台は

幾多の危機や課題を乗りこえ、いつしか街の風景に。

今では市民の憩いの場であり、都市型の観光資源であり、

夜の博多に欠かせない「まちの灯り」なのです。

博多の食と人が触れ合う貴重な場所。

夜の博多名物「屋台」よ、

どうか永遠なれ。

遠目からエールを送って春吉を目指す。

(写真は)

博多の屋台

那珂川の夜景をつまみに

酒も食も話も弾む。

戦後、奇跡的に生き残った

食の歴史遺産でもあります