慈しむ日
母の日も
父の日も
大切な人を
思い出し感謝し
慈しむ日
今日5月14日は母の日です。
毎年5月の第2日曜日が「母の日」となった起源は諸説ありますが、
よく知られているのは1908年5月10日にアメリカ・ウェストヴァージニア州で
アンナという女性が亡き母を追悼するためにクラプトンの教会で
白いカーネーションを配ったのが始まりという説です。
その後1910年にウェストヴァージニア州の知事が5月の第2日曜日を
母の日とし、やがてアメリカ全土に広まり、1914年に制定されました。
日本で「母の日」のイベントが行われたのは明治末期ごろで、
大正期には教会でお祝いの行事が催されるようになり、
徐々に民間に広まっていったとされています。
母の日は感謝をこめてカーネーションを贈る日となっていますが、
その起源は亡くなったお母さんを偲ぶ白いカーネーションだったのですね。
今日はそれぞれが色々な思いをこめて母を想う日。
そんな母の日の朝刊には心に残る記事がありました。
一つは「時には母のない子のように」という曲にまつわる読者エッセイ。
70年代にヒットしたカルメン・マキさんのこの歌を聞くたびに
子ども心に「お母さんがいなくなったらどうしよう」と不安が募った筆者は
昨年、母が亡くなり、本当に「母のない子」になったそうです。
大好きだった母の笑顔、あまり好きではなかった母の泣き顔、
簡単に一言ではくくれない母と娘の微妙な心の距離も
「母のない子」となった今、慈しみをもって
在りし日の母を想えるようになった気持ちが綴られていました。
もうひとつは「母の日 父がいた日」という見出しの囲み記事。
小学1年の時に父が病死、野球部の「僕」を含む4人の子を
女手ひとつで育ててくれた母への感謝をこめて、彼は母の日には
毎年、風呂掃除をして、好物のフルーツをプレゼントします。
もう食べられない父には、花を。母には、食べ物を。
母の日と、父がいた日と、僕は忘れない。どっちも大切だから。
お父さんが亡くなった当初は悲しみを吐き出すことができなかった彼は
1年後、遺児を支援する「あしなが育英会」の集まりに参加、
はじめて父の話をして号泣、なんだか少しすっきりしたそうです。
そして「父の日にやりたいこと」と題した作文を書きます。
「父の日は、
お父さんを忘れないように、
思い出して泣きたい」
母がいない母の日。
父がいない父の日。
大切な誰かがいなくなっても、
いなくなるんじゃない。
その人のことを、
思い出して、
いっぱい泣いて、
慈しむ日なのかもしれない。
今日は、母の日。
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やさしい甘さは母の日にお似合い


