はるがきます
雪が降り
サンタさんも
忙しくなり
年の瀬が近づくと
はるがきます
1941年の今日12月8日の早朝、
ラジオから大本営発表のニュースが伝えられました。
「帝国陸海軍は本日八日未明西太平洋岸に於いて米英軍と戦闘状態に入れり」
ハワイの真珠湾攻撃を華々しく伝える音声でした。
12月8日は「開戦日」。
今朝の新聞各紙1面コラムがこの日の朝の情景を取り上げていました。
中学2年だった作家の吉村昭は「町全体が沸き立っているような感じだった」
とハワイの戦果に狂喜する世間の様子を綴っていますが、
開戦の2日後、家族は雨戸を閉ざして悲しみに耐えます。
中国で戦死した兄の遺骨が送られてきたのでした。
歌人の斎藤茂吉は59歳の大家「老生ノ紅血躍動!」と
その日の日記に胸の高揚を高らかに綴り、36歳だった伊藤整は
「我々は白人の第一級者と戦う外、世界一流人の自覚に立てない宿命を
持っている」と婉曲的な表現ながら強い愛国心を吐露していました。
言動や情報が厳しく統制されていた戦時下、
リアルタイムで世界の情勢がわかる現代とは単純な比較はできないが、
12月8日をめぐる当時の作家たちの言葉に触れることで、
「開戦日」をぐっと身近に感じた朝でした。
開戦日・・・なんの戦争の・・・?
真珠湾攻撃から82年の朝、天声人語氏はこんな疑問を綴っています。
「私たちはいまだに、誰もが納得できるような名前で
あの戦争を呼ぶことができずにいる」。
大東亜戦争。太平洋戦争。第二次世界大戦。アジア太平洋戦争。十五年戦争。
歴代の首相が使ってきた、先の大戦。
戦後78年経っても、いまだにあの戦争の名称は定まっていません。
名前もあいまい、歴史もあいまいなまま、なのだろうか。
そんなずっしりした思いを抱えながら朝刊をめくろうとしたとき、
1面の下の広告欄に、ほっと心が癒されていきました。
「読んで楽しむ クリスマス児童書特集」
おすすめのクリスマス児童書の表紙とタイトルが紹介されています。
「うらがえしサンタ」「ほしのおうじさま」「いちごサンタ」などなど
大人も思わず手にとってみたくなる題名が並ぶなか、
ほっと、そして、はっとした絵本の名前がありました。
「ふゆのあとにははるがきます」
雪虫が飛び、寒い冬が来て、森は真っ白な雪景色、やがて春になり・・
ゆったりと進む時の流れ、四季をやさしいタッチで描かれた絵本みたい。
なにより、タイトルに、励まされます。
ふゆのあとにははるがきます。
戦争と冬を同列には語れないけれど、
今、この瞬間も、世界では戦争が続いていて、
クリスマスも安心して過ごせない子どもたちがいっぱいいて、
戦火が続く街にはサンタさんも贈り物が届けられない・・・。
でも冬のあとには春が来るように
戦争は、必ず終わると、信じたい。
それも速やかに、できるだけ早く、今すぐに終わってほしい。
いまだにあの戦争の名前が定まらない国から、ただひたすらに平和を祈る朝。
はるがきます。
(写真は)
札幌の冬はあちらこちらに
クリスマスツリーが出現
夜に降った白い雪が
松の木をもみの木にする


