ベツレヘムの星

はるか

西の空に

美しく輝く

わたしは

ベツレヘムの星

クリスマスシーズンです。

街にはクリスマスソングが流れ、大きなツリーが飾られ、

大通公園ではミュンヘンクリスマス市の灯りが暖かく灯り、

大人も子どもも心弾む楽しい季節です。

しかし、日本のはるか西方、イエス・キリストの生誕の地では

今年のクリスマス行事がすべて中止になりました。

パレスチナ自治区ヨルダン川西岸のベツレヘム。

祝祭に彩られるはずの街から、クリスマスが消えたのです。

「祝祭のはずが」

朝刊1面に写真とともに掲載された小さな記事の見出しです。

ガザ地区へのイスラエル軍の侵攻が続き、民間人の犠牲が日々増え続け、、

キリスト生誕の地として知られるベツレヘムではクリスマス行事が全て中止され、

教会では「キリスト生誕」の再現展示が様変わりしているそうです。

積み重なった瓦礫の上に幼子イエスの人形が置かれていました。

教会内部の写真が映し出す光景は楽しいクリスマスとは全く違っていて、

今のベツレヘムの現実に、言葉を失ないます。

クリスマスを象徴する街の、痛ましい現実。

毎年12月には街の広場には巨大なツリーが設けられ、

多くの巡礼者や観光客が訪れてきましたが、ベツレヘムの当局は

「巡礼者(死者)に敬意を示し、ガザの人々に連帯を示す」とし、

キリスト生誕を再現する教会の展示も悲しみの展示に変わったのです。

福音派ルーテル・クリスマス教会の中の一角には

積み重なった瓦礫の上にパレスチナのスカーフ「クフィーヤ」を身に着けた

幼いキリストの人形があり、周りで聖母マリアなどが瓦礫の中で

キリストを探している光景が展示されていました。

訪れた人々はろうそくに火を灯し、

ガザで犠牲になった人々を悼み、空爆におびえる人々へ連帯を示し、

1日も早い停戦と平和の訪れを祈り続けているそうです。

ベツレヘムでキリスト生誕を祝うことができないクリスマス。

「わたしは、ベツレヘムの星です」。

子どもの頃、友達に誘われて行った教会の日曜学校で

クリスマスのイエス様の生誕劇に参加したことがあります。

いただいた役は「ベツレヘムの星」。

西の空で美しく輝き、イエス様が生まれたことを

東方の三博士に知らせたベツレヘムの星。

頭に星型の飾りをつけ、しずしずと舞台の中央に進み出て、

台詞はたった一言。「わたしは、ベツレヘムの星です」。

いや、正確にはその後に「東から博士が三人やってきて・・・」など

東方の三博士が貢物をもってベツレヘムの馬小屋を訪ねて祝福した経緯などおを

簡単に述べる台詞が続いていたのかもしれないのですが、

キリスト教や聖書の知識など全くなかった子どもゆえ、

おそらく理解しないままなぞっていたので、よく覚えていないのだろう。

あれから半世紀以上経った2023年のクリスマス。

あの頃よりは大人になって、少しは知識も増えてはいるけれど、

ベツレヘムの星の下で今も続く軍事侵攻の経緯を報道で知るだけで、

クリスマスの祝祭なき現実を、本当には理解できていないと思った。

「わたしはベツレヘムの星です」

クリスマスをお祝いする劇で高らかに台詞を言ったのに。

馬小屋の柔らかい藁ではなく、瓦礫の上に置かれた幼子イエスを想う。

クリスマスなのに。

なぜ、戦争は、終わらない。

(写真は)

厳しい寒さの朝

札幌の空は

青く晴れていた

はるか西の空を想う