首里にて
幾たびの
困難を
乗りこえて
今も歩む古都
首里にて
「よう頑張ったね、もう大丈夫大丈夫」
生存率が大きく下がるとされる発生後72時間を超えた直後、
能登半島地震で倒壊した家屋から80代の女性が大阪市消防局の捜索隊に
無事救助された瞬間をとらえた映像を見て、隊員さんの柔らかい関西弁の
その心強い温かさに、思わず安堵の涙が出ました。
「死者84人 安否不明179人に」。
朝刊1面の見出しが日に日に明らかになる甚大な被害を伝えています。
週末にかけて北陸地方は雪の予報も出ています。
今この時間も救出を待つ人々は大勢います。
どうか、救出作業が進みますように
被災地の皆さんに水、食料、暖房、安全が届きますように。
祈るばかりの朝が続きます。
羽田空港の航空機衝突炎上事故の原因について
少しずつ情報が明らかになりつつも詳細はわかりません。
機体や天候に問題がないことからヒューマンエラーの可能性が
指摘されていますが、今後の対策につながる解明を望まれます。
幾度の困難に見舞われながら、今も歩み続ける古都があります。
先月、冬の沖縄旅で訪れた琉球王国の歴史と文化を今に伝える首里です。
沖縄の心、首里城焼失から今ふたたび立ち上がろうと、
懸命な復興が進んでいました。
2019年の火災後、首里を訪れるのは今回が二度目。
復興の現場を段階的に公開する「見せる復興」が進む首里城では
巨大な素屋根の中で正殿の骨組みがほぼ完成する瞬間を目撃、
復元工事が次のステップに進む過程に立ち会うことができました。
15世紀から琉球王国の王府として栄えた首里。
小高い丘の上にある首里城正殿から琉球石灰岩の坂道を下りていくと
下之御庭(しちゃぬうなー)と呼ばれる場所に赤瓦の趣ある建物があり、
「首里城茶屋」との看板が掲げられていました。
案内を見ると、伝統的な琉球菓子とともにさんぴん茶を味わえるらしい。
ああ、そうか、焼失前は鎖之間で楽しめた「呈茶サービス」も
復興工事にともない、ここで受けられるようになったのですね。
建物の名前は「系図座・用物座」。
士族の家系図や城内の物品を管理していたお役所のようです。
以前、呈茶を楽しめた「書院・鎖之間(しょいん・さすのま)」は
国王が日常の執務を行った御書院と王子のなどの控え所であり
諸役の者たちと懇談する広間があった美しい建物でした。
平成20年に復元公開された際に往時の賓客のおもてなしを受けたように
琉球菓子とお茶を体験できる施設として人気を博していました。
実は書院・鎖之間は令和元年の火災のはるか前、
1709年の火災でも焼失し、1715年に再建されたと考えられています。
そして平成の再建で琉球建築と庭園が一体となった空間を体感できる
見学施設となり、復元の際に使用した和釘や瓦、漆喰壁なども展示されていて、
古の王都首里にタイムスリップできる素晴らしい場所だったのです。
美しい古都は、幾度もの大火、そして戦火に見舞われながら、
おいしい琉球菓子でおもてなしする心を受け継いでいました。
見せる復興とともに「系図座・用物座」で蘇る首里城の姿を思う。
幾多の困難を乗り越えて伝統を継承してい古都の姿に感銘を受けました。
さあ、首里城の坂道を下って、
かつては「書院・鎖之間」で、今は「系図座・用物座」でふるまわれる
伝承200年の琉球菓子のお店を訪ねましょう。
マイ・ベスト。ちんすこうが待っています。
(写真は)
首里城に琉球菓子を納める老舗
「新垣カミ菓子店」
那覇の街でも空港でも入手不可能
足を運ぶ価値がありますよ


