まるい気持ち
冷たくないよ
不機嫌じゃないよ
突き放していないよ
怒っていないよ
まるい気持ち
今日は雛祭り明けの3月4日。
別に急ぐ理由もさほどありませんが(笑)、
わが家の可愛い豆雛さんたちにしばしのお別れを告げ、
朝のうちに小さな箱にそっとしまいました。
ゆっくりおやすみ下さい、また来年ね♪
桃の節句も済んだというのに冬将軍が帰ってきちゃった。
週末から札幌も気温が下がり、雪が降り、すっかり冬の雪景色に。
でも、弥生三月、春は来る。
寒の戻りも春への一里塚と思う朝であります。
さて、老若男女問わずLINEなどチャットツール全盛の昨今でありますが、
「そんなつもりじゃなかったのに・・・」って
特に大人世代が困惑する事象が話題になっています。
そーです、マルハラ=マルハラスメント。
LINEなどの文面で「○○してね。」とか「わかりました。」とか
文末に句点「。」があると、若い世代は、怯えるらしい。
「あれ、なんか怒ってる?」「なんか冷たい」「不機嫌なの?}などなど
送った相手から突き放されているように感じるそうで、
「マルハラスメント」とも呼ばれているようです。
本当に「。」は冷たいのか?
朝刊の文化面が気合を入れた特集記事を組んでいました。
句読点や符号などを研究する専門家は、20年以上前の携帯電話、
ガラケーのメールでも「絵文字がないと愛想がない」など、
同じような現象があり、マルハラも日本語の問題というよりは、
日本語を使うツールの設計と世代間ギャップの問題ではないかと指摘します。
なーるほど、同じ日本語でも、ツールの使い方が世代によって違っている。
若者世代のLINEは完全「会話型」。短文の素早いやりとりによって
コミュケーションが成立するので、いちいち「。」は必要ない。
句点「。」は不必要な符号なのだ。
一方、大人世代にとってはLINEもメールも手紙もほぼ同じ通信手段。
相手にわかりやすく伝えるため「。」は必然、つーか、思いやり。
部下へも「確認しておいて下さい。」とか「わかりました。」とか
上司はきちんと読みやすいように「。」を入れる。
だが、若い世代にとっては不必要な符号「。」がなぜあるのか?と深読み。
区切りを示すニュートラルな符号が「記号的→冷静→冷たい」と
感情を示す符号と「誤読」されたのではないかと専門家は言います。
くすん、思いやりだったんだけどね、深読みされちゃうのね。
小さな「。」にハラハラする現状があるようですが、
そもそも日本語をたどると句読点の歴史はそう古くないそうで、
句読点を研究する別の大学教授によると「源氏物語には句読点はない」とか。
昔は「候」などの文字が切れ目を示す意味合いで使われていたようです。
明治期以降、文法が簡略された言文一致が進むなかで、
話し言葉なら発声や抑揚で伝わる意味を明確にするため、
「、」「。」などの句読点が整備されていったのだそうです。
やはりねー、小さなマルは、相手への思いやりが原点だったのよね。
若者世代も大人世代もマルハラにハラハラしている印象がありますが、
文化庁の調査によると「句読点等の使い方に関してあるか」との設問に
「困っている」との回答は2011年の24.1%から2017年は17.1%に減少、
ふ~む、心配するほどマルハラはそう大きな問題になっていないのかも?
とはいえ、相手がどう感じるかを想像することはとても大切。
自分にとっての「当たり前」が知らぬうちに誰かを傷つけてしまわぬように
思いやりの小さな「。」にも時代とともに別の意味を持つこともあることも
ちゃんと知っておくのは、必要なんだと思います。
もしうっかり、小さな「。」がついちゃっても、
冷たくもないし、不機嫌でもないの。
コミュニケーションしたいだけなの。
そんな、まるい気持ちなの。
(写真は)
春を待つ。
春野菜のスープ煮で
食卓に春を呼ぶ
。は、つけない(笑)


