よくできました
高校時代の同級生男子から(といってもお互いいい年代ですが笑)、
火曜夜の11時過ぎに短いメールが来ました。
「野宮のおすすめで、ずっと観てました第二楽章、最終回。
今晩は涙に、鼻水、ティッシュがなくなりました。
年取ると涙線弱くなる。
でも、女の友情って良いよね。
男のはドライなふりしてるからねぇ」
おおお、男の涙も振り絞ったか、NHKドラマ10「第二楽章」。
5月1日付けのブログでお話した、ハマっているドラマ。
オーケストラのバイオリストとして良きライバルであり親友だった奈津美と茉莉。
やがて奈津美は妻、母となる道を選び、バイオリンをあきらめ、
一方茉莉は奈津美の夫への恋心を封印し、世界的なバイオリストに。
16年間音信不通だった二人の再会から始まったドラマ。
どっちが幸せなの?
私なら奈津美と茉莉、どっちの人生を選ぶ?
そんな自問自答を繰り返しながら
ドラマを見ていた女性たちは多かったと思いますが、
二人の女性の物語は男性たちの心も巻き込んでいたのですね。
最終回。
録画したまま、まだ観ていない方のために、ネタばれに気をつけつつ(笑)。
「彼女の人生は、もしかしたら、私の人生だったかも」。
自分の過去、現在に自信を持ちながらも、複雑な揺れる思いに翻弄された二人は
泣き、笑い、つかみ合いの喧嘩もし、語りつくし、気づきます。
「彼女は私、私は彼女」。
昔も今もこれからも、二人はどうしようもなく「親友」であることに気づいた時、
同時に、人生も永遠ではない現実に直面するのです。
このあたりからティッシュボックスをそばに引き寄せることになります。
ひとつだけ、印象的な台詞を。
「ねえ、奈津美。覚えてる?
私たちのどちらかが先に逝く時はさ、
『よくできました』って、そう言えるといいねって、言ってたよね」
「よくできました」。
人生の最後に、そう言って、頭をなでてくれる親友がいたら、
こんなに幸せなことはないかもしれない。
私にどこか似ている、でも全然似てないような気もする、
私のみっともないとこも、でも頑張ったことも、み〜んな知ってる、
もう一人の私かもしれない「親友」。
現実は、そんな友など、もしかしたら幻想なのかもしれません。
ドラマだけのお話なのかもしれません。
でも、私たちは、この世に生まれた時から、
ず〜っとず〜っと求め続けていることがある。
誰かに「よくできました」って、自分を認めてほしいという渇望。
人間は他者に自分の存在を認めてもらえて、
はじめて生きる実感を得る動物なんです。
幼いころ、母の「よくできたね〜」という声と手の温もり。
「お、よくやったな」と答案用紙を返してくれた先生の骨ばった大人の手。
でも段々、大きくなるにつれて、
誰も面と向かっては「よくできました」なんて言ってくれなくなる。
優等生ほど、その現実に戸惑ったりする。
「誰か、誰か、私をほめて」病に罹ったりする。
そうして、ようやく気づくのです。
「よくできました」って、頭をなでてくれる大事な人は、
私、なんだって。
自分で自分のことをまず認めてあげれば、いいんだった。
そうだった、そうだった、
何でこんな簡単なことに気づくのに、こんなに時間がかかったのだろう。
何にも目新しいこともなく、
今日も明日もさほど変わらない日が続くように思える毎日でも、
明日なんか来ないかもと絶望する日も、
どんな小さなことでもいい、自分の「よくできました」ポイントを探しだそう。
お弁当の卵焼きがうまくひっくり返せたとか、
街中で難儀していたベビーカーママのために、ちょっとだけドアを押さえたとか、
お客さんのクレームに辛抱強く対応できたとか、
なでなでポイントって探すと、けっこう見つかるもの。
茉莉は奈津美で、奈津美は茉莉。
それぞれの人生を「よくできました」って頭をなでてもらえるように
ささやかな毎日を、丁寧に生きよう。
鼻炎アレルギーの後遺症か、感動のそれか、
判別つかないぐしゅぐしゅの涙をティッシュで拭いながら、
ドラマのエンドロールを見つめるのでありました。
(写真は)
昨日、琉球切手に出会った食事会の前菜は
沖縄食材オールスターでした。
ピリ辛のミミガーに潮の香りとぷちぷちの食感が嬉しい海ぶどう。
琉球の風を感じるお味。
よくできました。

