静謐と陽気

クスノキ

大理石

彩色

人間への問いを刻む

静謐と陽気

憧れの175号。ゴジラを超えた。

大谷翔平選手がメジャー通算175本となる今季4号ソロ本塁打を放ちました。

同じ左打者として憧れてきた松井秀喜選手の記録に並び、

「自分にとってはすごく幸せなことかなと思っています」と

その喜びをとても自然な言葉で表現していました。

この日は銀行詐欺容疑で訴追された水原元通訳が連邦裁判所に出廷。

試合前の取材に「司法省の捜査にとても感謝している。個人としては

これで区切りをつけたい。野球に集中したい」と答えています。

そうです。もう、このコメントで十分です。

さあ、野球しようぜ。

「グラウンドでは(そのことは)考えない」とも語っていた大谷選手。

日本勢最多175本塁打、日米通算1000本安打にまわりは浮かれ、

オオタニはどこまで記録を伸ばすんだ、どこまで行くんだ、と

ついつい、先々の記録を前のめりに想像してしまいますが、

彼の「集中」は違う次元にあるのだと思います。

「一本打ったら、次の一本」と先を見ず、コツコツ積み上げる。

自分のパワーと技術を信じ、磨き続け、

今できること、自分でコントロールできることに「集中」する。

数字の目標やグラウンド外の出来事は、意識しない。しないように努力する。

それが「集中」なのでしょう。

だから、さあ、野球しようぜ!

そんな大谷選手の活躍をスポーツ面で眺め、日曜の朝刊をめくる朝。

文化欄の記事に手が止まりました。

「ストーリー語れる 彫刻の詩人 船越桂さんを悼む」

彩色を施したクスノキによる彫刻で知られた彫刻家の船越桂さんが

3月29日、72歳で亡くなりました。

船越桂さんは1951年、彫刻家船越保武氏の次男として生まれ、

東京造形大学、東京芸術大学で学び、1980年代初めからクスノキを使い、

大理石の目をはめ込んだ半身像を制作。具象彫刻の新たな可能性を

切り拓いた作家として大きな注目を集め、多くの海外展にも出品、

中原悌二郎賞などを受賞、現代美術のオンリーワンと称されていました。

天童荒太の小説「永遠の仔」の表紙にも作品が用いられ、

書店で船越桂さんの作品に出会った人も多いでしょう。

北海道立近代美術館にもドローイングや一点の彫刻作品が所蔵され。

2003年には北海道立旭川美術館で船越桂展が開催されています。

1999年出版の「永遠の仔」の表紙を見て、心を奪われました。、

その後、2003年の旭川での展覧会の際にテレビ番組の企画で

船越桂さんにロングインタビューをさせていただく機会を得たのです。

静謐に佇むクスノキのすっとスリムな彫刻。

大理石の目、淡い色の彩色をほどこされた半身像。

はたしてご本人はどんな方なのか。

作品の大ファンでもあり、いささか緊張してお会いした船越桂さんは、

本当に魅力的な人でした。

拙いインタビュアーの質問にも、ひとつひとつ、誠実に考え込み、

ひとつひとつ、丁寧に言葉を尽くして答えて下さるのです。

作品は「静謐」。でも、ご本人は「陽気」な印象さえありました。

朝刊の追悼記事を寄せた親交の深い美術評論家も

「会うと楽しい人で、懐かしさを感じさせた。みんなに愛された。

ボキャブラリーが豊富で話が面白く、サービス精神が旺盛だった」と

振り返っています。

さらに「そして優しく、寛容。好き嫌いを言うより、どんなものでも

吸収しようという意欲にあふれていた」と。

本当にその通りのお人柄でした。ピントが外れていたかもしれない質問でも

誠実に答えを紡いで下さった。ますます作家と作品に魅かれていった。

クスノキ。大理石。彩色された静かな半身像。

船越桂さんの作品に、また会いに行きたくなった。

何を見つめているのか。何を語っているのか。何を暗示しているのか。

「彫刻でストーリーを語れる数少ない一人だった」

追悼記事に言葉に、深くうなづきました。

20年ほど前にお会いした船越桂さんは

品の良いネイビーのニットとデニムをお洒落に自然に着こなし、

その袖口から、可愛いミッキーマウスの腕時計がのぞいていた。

静謐な作品を生みだす作家は、とてもチャーミングな人だった。

静謐で陽気でチャーミングな「彫刻の詩人」が去った。

天国で何を彫っておられるのだろうか。

その展覧会に行かれないことが、淋しい。

もっと語ってほしかった。

(写真は)

今朝の青空

淡い春のブルー

やさしい彩色の空の上から

クスノキを彫る音が聞こえるような気がした