のれん異文化論
「のれんの奥に文化あり」。
もう一度、学生に戻りたくなるような魅力的な宿題の記事が
昨日の朝日新聞の教育欄に載っていました。
赤ちょうちんは都市の文化空間。
「自分の感覚を頼りに一人で居酒屋に入る。
ただしチェーン店はダメ」。
一橋大学大学院の社会学授業のれっきとしたフィールドワークです。
担当教諭はアメリカ出身のマイク・モラスキー教授。
76年来日以来、アメリカには少ない個人経営の居酒屋の魅力に取りつかれ、
昨年秋には「呑めば、都 居酒屋の東京」なる
居酒屋都市文化論の著書も出版しています。
お洒落なカフェや居酒屋チェーンに慣れた学生たちにとって、
殺風景なビルにかかる縄のれん、油染みのある天井、
年季の入ったカウンターにコップ酒の赤ちょうちん空間は「異文化」との遭遇。
「居酒屋はひとつのコミュニティーだとわかった」
「対話力を鍛えるには絶好の場」
「夜の客は帰りの電車までの時間つぶしが多く、滞在時間が短いが、
昼間は高齢者の関わりの場となり、長居するお客が多い」などなど、
足とビールとお喋りで収穫した貴重な学問的成果が上がったようだ。
人生で大切なことはまず、公園の砂場で学び、
大人として大切なことは、赤ちょうちんで教わる、のね。
「自分の素性はあんまり話すもんじゃないよ」。
地元客で賑わう居酒屋で、ある女子学生は
初老の男性に耳元でこう囁かれたそうです。
実に大人の知恵と配慮が詰まった、粋なアドバイスです。
居酒屋は「袖触れ合うも何かの縁」的な緩やかな人間関係で成立する空間。
お互い、顔なじみだけれど、
氏素性はあえてぺらぺら喋らないし、あえて聞かない。
天気だとか景気だとか、大谷の二刀流はどうだとか、アベノミクスはどうとか、
そんな話を絶妙の距離感で突っ込み合いながら、
ほろりと酒の酔いに身を任せる。
結論なんてなくていいし、はなから求めていない。
自分の論拠はこうで、数値的データはこうで、
よって結論はこうでありますなんてことは、会社の会議室でたくさん。
責任も目標数字も嫉妬も野望も失望も、みんな会社のロッカーに脱ぎ置いて、
ネクタイ緩め、どこのだれでもない裸の自分になれる場所。
居酒屋は、そんな数少ない、都市の聖域かもしれません。
聖域のご法度は無粋な「名刺交換」だろう。
そして、名刺を待たなくなった人々にとっても
かつての肩書や過去の人生に関係なく通える空間でもある。
現役もリタイアも関係ない、お互いにただのおなじみさん同士で
つかず離れず、焼き鳥の煙に燻される。
みんなで一緒に煙くさくなる(笑)。
イイね!
ネット空間で似た者同士でつながることに慣れた若者世代にとって
居酒屋コミュニケーションは「異文化」。
ありふれた日常の中に潜む異文化をてくてく歩いて発見することで
自分の視野や精神世界はどんどん広く、奥深くなるものです。
一人で居酒屋へ行くべし。
こんな宿題なら、もう一度学生に戻りたい。
学生の2倍以上、人生重ねた女子学生?そうとう濃いリポートが書けそうだ。
(写真は)
ザ・赤ちょうちんin沖縄。
戦後「奇跡の1マイル」と呼ばれる復興を遂げた那覇国際通りのビルの地下で
40年間続く都市の文化空間のひとつだ。
「魚のマース煮」にはじめて出会ったのはこのお店。
お通しは温かな「ゆし豆腐」。
なぜかその大鍋はオーブンの上という不安定な高所に置かれていて、
お客さんが来るたびに、店のおばちゃんはつま先立ちでじゃもじを伸ばし、
目検討で絶妙に一人分の「ゆし豆腐」をお椀によそう。
非効率でいささかリスキー(笑)。
これも都市の聖域の魅力だ。

