洗面器と恋

「カノジョいない男子」が増えている。

厚生労働省が発表した2013年の厚生労働白書によると

「異性の交際相手も友人もいない」と答えた若者が

男性62.2%、女性51.6%だったということで、

情報番組の格好のネタとして盛んに取り上げられていました。

少子高齢社会がハイスピードで進行中の日本、

「カノジョがいるか否か」はもはや国家的関心事、所管は厚労省ということか。

「カノジョいない」理由を問うと

「積極性が足りない」「理想が高すぎる」「作る時間や余裕がない」に続いて

なんと「面倒くさい」という答えが返ってきました。

カノジョがいるとめんどくさい。

デートだなんだと、時間やお金が自由に使えない。

自分の趣味ややりたいことのほうが優先順位が高い。

よって、彼女や恋愛は、「面倒くさい」んだそうだ。

確かに、恋は面倒くさい。

男と女は、面倒くさい。

時間とお金の有効利用?を考えれば、

恋なんてしない方がいいのかもしれない。

でも、若者よ、恋は自分の意思で避けられるものではない。

いい大人も知らぬうちに「落ちてしまう」のが、恋なのでありますよ。

困ったことに、それは時として、ルールやモラルさえ越えてしまうこともある。

瀬戸内寂聴の自伝的小説を映画化した「夏の終わりに」。

札幌でも現在公開中、気になっていた一本なのですが、

「オントナ」に熊切和嘉監督のインタビュー記事が載っていました。

妻子ある年上の作家と半同棲生活を続ける型染め作家の知子。

ある日、元恋人涼太と再会し、再び関係を持ってしまう。

それはかつて自分が家族を捨てて駆け落ちに走った相手だった。

二重三重に渦巻く男と女の愛と業。

最大級に「面倒くさい」恋愛のオンパレード、

いまどきの若者はあらすじだけで腰が引けるかもしれない。

監督自身が印象的だったのが原作の冒頭の場面だそうです。

知子が銭湯に行くふりをして涼太に会いに走るシーン。

風呂桶を抱えて、路地を走っていく。

「エネルギーがあって、少しみっともない感じがして」

知子像を良く現しているシーンだと思ったそうです。

そう、若者よ、恋愛とはエネルギーがあって少しみっともない。

人間の生きる姿そのものなのだ。

どんなに「カッコよく」「整然と」生きたいと思っても、

いつのまにか「暑苦しく」「少しみっともない」自分を

さらけ出してしまっている。

優先順位をきちんとつけてたつもりでも

恋は、心の隙間に、ちゃっかりと、いつのまにか、しのびこんでくる。

厚生白書が心配しなくても、恋の罹患力はまだ失われていないはずだ。

生きてる限り、恋は避けられない。

すっぴんのおくれ毛を気にしながら、銭湯へ向かう路地を女が走っている。

抱えた洗面器から、石鹸がカタカタと音を立てる。

待つ男も走る女も、人生の優先順位なんてどこかに置き忘れてしまった。

石鹸からボディソープになっても

人間とはいつの時代も、エネルギーがあって、少しみっともない。

だから、文学が芸術が生まれる。

秋だから、

恋愛のシネマでも観に行こう。

ね?若者たちよ。

(写真は)

秋だから、

あちこちでうさぎの和菓子に出会います。

もうすぐ十五夜。

今年の月は、誰と眺める?