不機嫌なパン屋さん

パン好きが聖地と呼ぶパン屋さんが飛騨高山にあります。

毎日100種類、2000個以上焼かれるパンを目当てに

全国からお客さんがやってくる雪深い街の一軒のパン屋さん。

厨房の奥にはまるで修行僧のような表情でパンを見つめる男がいました。

彼の信条は「常に不満足」。

もしかすると日本一不機嫌なパン屋さんかもしれません。

あるドキュメンタリーがこの飛騨高山の孤高のパン職人に密着。

たまたまその映像を見る機会があったのですが、

そのあまりに厳しい表情に惹きこまれました。

美しい27層をなすクロワッサンの生地を独特のこだわりで成形する。

剃刀のような道具でバゲットの表面にクープと呼ばれる切り込みを入れる。

カメラは丹念にその姿を映し出していますが、

冷徹なまでに集中したその眼差しや手元は難解なオペ中の外科医のよう。

100分の1ミリのミスが患者の生命を左右するのと変わらない、

まるでメスを入れるようなヒリヒリする緊張感でバゲットに切り込みを入れる。

そう、パンは生きている。

完璧はない。

だから、常に不満足。

プロフェッショナルだからこその厳しさが「満足」を自分に許さない。

生地の温度は小数点単位で管理、ミキシング時間は秒単位で調整する。

お天気、気温、湿度、厨房の窓が開いているかいないか、

そばに人がいるかいないかだけでも、温度や量をコントロール。

パンは難しい。100%の仕上がりなんて、ない。

だから、厨房の彼は、いつも不機嫌に見える。

そんな日本一不機嫌なパン屋さんのクロワッサンもバゲットも

芸術品のような焼き上がり。

口にする誰もが笑顔になる。ご機嫌になるパンだ。

雪深い街に一軒しかないパン屋だからこそ、

世界一美味しいパンを提供したい。

ほかに選択肢がない人々に

「なんだ、こんなもの?」そんな失望をさせてはならない。

彼が修行したフランスのアルザス地方では

国家勲章を持つパン職人が故郷の小さな村で

世界レベルのパンを毎日毎日、丁寧に焼いていました。

「この村の人は幸せだ。こんなパンを毎日食べられるなんて」。

孤高のパン職人の厳しい表情は、

生まれ育った飛騨高山への深い愛情から生まれたものでした。

このお店からは何人ものパン職人が独立し、故郷でお店を開業、

同じようにこだわりのクロワッサンやバゲットを焼き続けています。

かつて「一村一品」運動という地域おこしがありましたが、

「一村一パン」ムーブメントが静か静かに起きつつあるようで、

何だか、すごく素敵。

我が街には世界一美味しいパン屋さんがある。

それだけでとても幸せだ。

ドキュメンタリーのDVDには

なんと「クロワッサンの生地作り」が特典映像として紹介されていました。

ミキシング、生地の折り方まで、いいの?こんなに公開しちゃって。

と、一瞬思いましたが、これこそ、孤高の職人のプライドかもしれません。

作り方がわかるのと、同じに作れるのは全く別。

自分だって、一日として同じパンは作れない。

パンは難しい。

だから、面白い。

日本一不機嫌(に見える)パン屋さんは、

日本一パンを愛しているご機嫌なパン屋さんでした。

(写真は)

日本一、一箱にいっぱい量が入っていそうな

沖縄のソウルべーカリー「Jimmy’s」のクッキー。

ガサっとざっくりと、アメリカンな懐かしいクッキーが入っている。

マグカップにたっぷり淹れたコーヒー片手に

あっという間に四っつ五つ、さくさくサクサク♪

その街のベーカリーは、本当に宝物。

どこの国、どの街旅しても、必ずチェックする。

街の素顔が、よくわかる。