はんぶんこ

同級生とはいいものです。

何十年経っても、当たり前のように「はんぶんこ」できる。

部活終わりの腹ペコ同士、

一個の菓子パンを「はんぶんこ」して食べたあの日のように。

(はんぶんこ=半分こ=半分ずつ=もしかして北海道弁?)

昨日の午後のスターバックス。

番組資料用に借りた卒業アルバムを返すために同級生男子と待ち合わせ。

働き盛りの彼の忙しい時間を割いてもらって、つかのまのお茶タイム。

ささやかなお礼にカプチーノにパウンドケーキもつける(笑)が、

「あ~、ごめん、宴会続きでさ、お腹やばくてさ、今、ダイエット中」。

「んじゃ、半分こしよう!」「そうしよう!フォークもう一本持ってくる」。

ノリは高校生、

会話の内容は中高年(笑)。

夫婦でも親子でもましてや恋人でもない男女二人が

お互いに遠慮なく、自然に、半分こできる間柄。

これが同級生だ。

スタバ自慢のパウンドケーキを仲良くつつきながら、

いかに体重キープするか、

宴会で増えた1キロをどう戻すか、

アップルとグーグルの優位性についてなどなど、

30分一本勝負の短いコーヒータイムはあっという間に過ぎていきました。

「半分こ」には人生の大事なことが詰まっています。

食べ物に関する記憶だけは抜群に良い私は覚えています。

あれは明治のストロベリーチョコレートが出たての頃。

板チョコの真ん中に甘酸っぱい苺のクリームが挟まっている、あのチョコです。

苺の粒々まで入っていて、衝撃的に美味しくて、もう虜に。

この世にこんな美味しいチョコレートがあるのかと幼心に感動したものです。

ある日、母が姉と私に、

「おやつに、半分こして、食べなさいね」とそのチョコを1枚渡しました。

当時はブロック状に離れていない、連結板チョコ型。

年長の姉が威厳を持って、チョコをパリンと割る。

「はい、あんたは小さいから、こっちね」。

10個の山型チョコを、4個と6個に分けて、4個の方を渡されたのです。

小学校に入るか入らないかくらいだった私。

算数もろくにわかっていなかったが、

4:6の4・・・「す・・・少ない、おかしい、半分こじゃない」。

その「半分こ」の理不尽さだけは、本能的に感じ取ったのであります。

10個の半分こは・・・5:5ではないか。

「どうして、おねえちゃんのチョコだけ、多いの?ずるいずるい!」と

半泣きで抗議したところまでは覚えていますが、

その後、どう平和的な和平交渉がなされたのかまでは定かではありません。

しかし、「半分こ」によって、

使える計算力、暗算力、公平平等の大切さ(笑)、

理不尽への抵抗(笑)などなど、

生きていくうえで大切な基礎スキルがいささかでも育まれたともいえる。

今はお菓子も個袋、個包装が一般的。。

子供の数だけ、過不足なくおやつを与えられる時代ですが、

一個しかないおやつを、どう分配するか、

「半分こ」から学べることも、決して小さくないような気がします。

誰かと何かを半分こして、分け合う。

これは、人間だけができる素敵な行動かもしれません。

おいしいものがあるよ。

はんぶんこ、しよ。

(写真は)

大学サークルの素敵な大先輩から頂いたスイス土産。

リンツのチョコレートが美しい缶に整然と並んでいる。

一口大の個包装チョコ。

「半分こ」の駆け引きは要らない(笑)

いい大人になったから、夫と仲良く一個ずつ楽しむ。