ひとりごはん?

今年の札幌の紅葉はことのほか美しい。

晩秋のパリやニューヨークにも負けない。

どこを切り取っても絵になる街に大人のお洒落がよく似合い。

本日11月2日(土)のAIR-G’「野宮的コフレ」のテーマは

そう「大人のお洒落」。

秋から冬へと街の色もドラマチックに移り変わるこの季節。

「大人のブーツバランス」や、

「古代の宝石、琥珀、アンバーの煌めき」などのお話をしました。

そして、「大人のひとりごはん」。

つい、うっかりしがちなお洒落ポイントです。

「ま、誰も見てないし」とお気楽なひとりごはんを

かなりお気楽な体勢で食べようとした瞬間、

「あ、見られている!」とハッとしたという作家、川上弘美さんのエッセイ。

誰に見られている?

その前の週に亡くなった大好きだった先輩作家、久世光彦さんに見られていると、

唐突に思ったというのです。

誰も叱ってくれなくなった大人だからこそ、

心のどこかで、誰かに小言を言ってほしかったのかもしれない。

そんなことが書かれていました。

わかるような気がします。

親でも先生でもない、大好きだった誰かさんに

「ああ、ああ、お前、だらしないねぇ~」「ええのか、そんなんで」

愛情のこもった小言をガミガミ言われたくなる深層心理。

思いきり自堕落なひとりごはんを自分に許している背徳感からか、

そんな不思議な心理にかられる気持ち、

何だか、ちょっとわかる。

人生、よく考えれば、

ひとりごはんの時間は、けっこう長い。

男女の平均寿命を考えれば、オンナのひとりごはん時間は、さらに長い(笑)

今よりもっともっと年をとって、

白髪頭で一人分の食事を用意して、さあ、いただきます。

誰も見ていないから、

気楽にちょいとお行儀悪く、

きっと、わたしも、そんな自堕落ひとりごはんをするのだろうけど、

本当に、誰も見ていないのだろうか?

たまに、川上さんみたいに、はっとする瞬間があるに違いない。

その時、誰に見られていると思うのだろうか。

ひとりごはん。

食卓に並ぶのはつましい食事でも

テーブルの向こうに誰も座っていなくても、

人生を重ねた分だけの思い出がある。

思い出の中の誰かが

そっと、静かに、ひとりごはんのお相伴をしてくれる。

ひとりごはん?

(写真は)

ひとりごはんの楽しいともだち。

小さな小さなレンゲ置き。

読谷村北窯の隅っこにちんまり重なっていました。

あまりの愛らしさにふたつ購入。

ペルシャ秞の青い小さな海が美しい。

レンゲやスプーンを置いても便利だけど、

もっぱら真っ白い沖縄の塩を盛る手塩皿として活躍中。

茹で卵の味も違ってくる(ような気がする)。