こぼれる幸福

「ラッキー!」「もうけ、もうけ」、

思いがけない幸福が訪れたとき、どんな言葉で表現するでしょうか。

いまどきは「やばいっ!」かもしれませんね。

もっともっと素敵な日本語がありました。

「零れ幸い」。

こぼれざいわい、と読みます。

東京大学大学院教授のロバート・キャンベル氏が

池波正太郎を語る番組で紹介していた言葉です。

高校生の時から日本文化に興味を抱き、日本語を勉強、

その1年後には近代文学を原語、つまり日本語で読み始めたという日本通。

アメリカ人である氏が、日本で日本人の学生に日本文学を講義している、

生半可な日本通ではありません。

流れるような美しい日本語の発音にはアナウンサーとしても感心します。

キャンベル教授が日本文学の魅力を象徴する言葉として取り上げたのが

「零れ幸い」。

思いがけず訪れた幸せ、意外な幸福、僥倖をさす言葉。

現代ではあまり使われなくなった表現ですが、ついこの間までは現役だった言葉。

幸せがこぼれる・・・なんと美しい感性でしょうか。

楽ではない暮らしの中にも、

ふと、小春日和のような幸せを感じる瞬間があります。

しんどい雪かきを終えた後、お疲れさまと差し出される甘酒のような、幸せ、

ほっと心がほどけていく「零れ幸い」。

苦手だと思っていた人とふとした機会に心が通い合ったり、

そんな場合も、「零れ幸いであったことよ」となるわけです。

日本語には雨や雪や花などを表す言葉がたくさんあります。

それだけ四季折々、季節の変化を敏感に察知し、

愛でる感性を持っているとということ。

言葉の数が感性の豊かさを物語ります。

零れ幸い。

本体からこぼれた幸せまでも数える昔の日本人は、

今より、ずっと幸福力が高かったのかもしれません。

お米一粒も粗末にしない暮らしから生まれた美しい言葉。

零れ幸い。こぼれざいわい。その音の響きもまた実に清々しい。

完璧な形をしたものだけが幸福とは限らない。

小さな米粒のようにさらさら、さらさら、

思いがけずにこぼれてくるささやかなささやかな幸せも

一粒一粒、ちゃんと数える幸福力。

また真冬日に逆戻りの日曜日ですが、うっかり見逃してはもったいない。

ちょっと回りを見回してみましょう。

こぼれた幸せ、どこかにありませんか。

(写真は)

狭き門だった「おでん東大」にフラれた夜、

これまた超人気店ゆえ、

はなからあきらめていた沖縄料理の名店に、入れました~♪

沖縄料理ブームの火付け役とも言われる「うりずん」。

家庭料理だけではなく、「ラフテー」など宮廷料理の数々を世にひろめたお店。

味よし、雰囲気よし、風情ある佇まいが最高。

呆然自失の安里の夜がパラダイスに変わった(笑)。

まことに、これこそ、零れ幸いであることよ。