惜別のサラダパン
歴史的猛暑です。
本州以南が梅雨入りする一方で
北海道は三段跳びで真夏に突入。
昨日も内陸部を中心に各地で35度を超える猛暑日を記録、
6月に2日連続猛暑日となるのは観測史上初めて。
札幌の最高気温33.7度も6月としてはこれまた観測史上初。
暑さにはめっぽう強い夏女の私ですが、
さすがに昨日は今季初、扇風機稼働。
しかしエルニーニョの影響で冷夏が心配される今年、
「まさかこれで夏、終わらないよね・・・」と取り越し苦労したり。
今日も旭川など内陸部では真夏日の予想ですが、
札幌は朝から爽やかな初夏の風が吹き渡り、
最高気温も昨日より7度!も低い27度の予想。
ちょっとほっとしながらベランダ掃除を済ませました。
そして開いた朝刊にショックな事実が。
思い出の詰まったあのパン屋さんが閉店した!?
今朝の北海道新聞生活面に載っていた読者エッセイで知りました。
その文章にも「ポテトサラダをはさんだサラダパンが絶品」と書かれていた
ベーカリー銀座屋さんです。
何でも連休前後に閉じたらしく、店の前の前の張り紙には
「製造委託先が事業停止となり閉店させていただきます」
というようなことが書かれていたとか。
もう、食べられないんだ。
あのサラダパン、三色パン、ピーナッツロール・・・。
ベーカリー銀座屋は札幌医大前に創業して64年。
以前の道新でも「頑張れ!まちのパン屋さん」として記事になっていましたが、
ご近所に愛されてきたまさに「町のパン屋さん」。
昔ながらのガラスのケースにあんパンやコロネパン、ジャムパンが並び、
白い上っ張りを着たお店のおじさんかおばさんが注文に応じて詰めてくれる
今となっては貴重な対面方式のお店。
ちょっと甘いパン生地がなんとも懐かしく大好きでした。
昭和なお店の雰囲気とパンの味はいつ行っても変わりませんでしたが
そう、気づけばお店のおじさん、おばさんもいつしか年齢を重ねていったわけで。
原材料費や経費高騰の昨今、
商売を続けることに限界を感じる時期に来ていたのでしょう。
そういえばここしばらくお店を訪れていませんでした。
知らないうちに、思い出の味がひっそりと消えていた。
何とも淋しいものです。
息子を出産した病院のお向かいということもあって
生まれる前から定期健診の帰りにはベーカリー銀座屋さんに寄って、
パンを買うのがマタニティライフのお楽しみのひとつでした。
予定日が近づき、「明日か明後日かそろそろですね」と診察を終えた日も
ここのパン屋さんに寄りました。
初めての出産への不安とようやく我が子に会える期待と喜び。
「いよいよ・・・ね」。
病院からの帰り道、足が1cmほど地面から浮いているような
何とも妙なふわふわした心持ちで信号を渡り、
ベーカリー銀座屋さんのガラス戸を開けた。
「いよいよだ」。
いざ出陣、というか、いざ出産(笑)、
そんな高揚感と覚悟があいまって、「あれと、これと、それと・・・」、
いつもよりずいぶんたくさんのパンを買ったことを覚えています。
毎朝4時から道産じゃがいもをふかして作るサラダパン。
手作りのマヨネーズのやさしい味が絶品だった。
あんことチョコとジャムが仲良く入った三色パンは
好物のあんこを最後に残して食べたっけ。
そうだ、あの日はちょうどひるどき、実家に寄って、
今は亡き父と今も元気な母と一緒にパンを食べたんだった。
「もうすぐだって、これから、帰って準備しなきゃね」。
まもなく母親に、そしておじいちゃんおばあちゃんになる三人は
何故か言葉少なに黙々とほんのり甘いパンを頬張ったのでした。
そのあくる日の夕方。
昭和の面影残すパン屋さんの近くの病院で
息子は元気な産声をあげました。
出陣前に母が腹ごしらえをしたせいか
生まれた息子も無類のパン好き男子に育ち、あっという間に20歳。
(万が一結婚できての前提だが)
その息子のそのまた息子か娘にも食べさせてあげたかったな。
お洒落なブーランジェリーには絶対売ってない、あのサラダパン。
ちゃんとサヨナラできなかったな。
ほんのり甘いはずなのに、
今はちょっとせつなくて、しょっぱい味に思えてくる。
惜別のサラダパン。
(写真は)
ベーカリー銀座屋のパンの写真はもう撮れません。
代わりに、銀座木村屋のあんパンを。
ちなみにベーカリー銀座屋は大正時代、
先代が京都のパン屋「銀座屋」で修行し、暖簾分けして東京で開業後、
戦火を逃れて北海道に疎開、
戦後、現在地で店を開いたのが始まりだったとか。
さよなら、サラダパン。
ありがとう、サラダパン。

