花と茄子

まあ、きれい。

ご近所スーパーの入り口で見事な花に思わず見惚れました。

一人の老婦人が美しい胡蝶蘭の鉢をそれは大事そうに抱えて

人待ち顔で立っています。

孫や子が迎えに来るのを待っているのでしょうか。

胡蝶蘭はお盆の仏壇の横にそっと置かれるのでしょうか。

お盆の買い物客で賑わうスーパー、

花売り場はまさにかきいれどきでありますが、

野菜売り場では意外なものが品切れになっていました。

夏野菜の定番「茄子」。

熟れてきたミニトマトと一緒にオーブン焼きにしようと思ったら、

大量に積まれていた痕跡だけを残してすっからかん、

茄子があったスペースだけがむなしく空いていました。

キュウリもトマトもかぼちゃもあるのに、なぜ茄子だけ?

ふと、スポーツジムで交わされていた会話が蘇ります。

「もうね、今晩はマーボー茄子。孫たちも好きでしょ?」

「そうね、野菜もとれるし、お肉も入ってるしね」。

な~るほど、なるほど。

夏休みのお孫さんが遊びに来ているおばあちゃまたちが

夕食のメニューにあれこれ頭を悩ませた結果、

行きつくのは「マーボー茄子」ってことね。

それで、スーパーの茄子が売り切れていた、のかもしれない。

食卓を囲む人数が一気に増えるお盆の時期。

大皿でど~んと出せるマーボー茄子あたりは

確かに大人も子供も受けが良い隠れた最強メニューかも。

精進揚げに揚げびたしに焼きナス、夏野菜カレーにラタトゥイユ、

ちょっと地味で淡白な夏野菜ですが、

茄子は意外に登板回数が多い中継ぎ投手のような野菜であります。

便利でいつもあるものとばかり思っていましたが、

不在となると、すごく困る。

お墓参りの帰りにもう一度寄った野菜売り場には

どっさりと艶々とした茄子が補充されていてひと安心。

そうだ。

ご先祖様の帰りのお車、精霊馬にも必要ですものね。

来る時は早駆けのキュウリの馬で、

帰る時はおみやげもいっぱい載せて力強くのんびり足の牛車で。

あの世とこの世を行き来するための可愛らしい乗り物。

昔の人の温かく優しい発想がじんわり沁みてきます。

69回目の8月15日。

札幌はめっきりと涼しい風がカーテンを揺らしています。

「ロシアの家は壁が厚くて暖かった」「黒パンは旨かった」

「あいつら(ロシア兵)は意外に親切だった」。

抑留体験をまるで懐かしむように語っていた亡き父を思い出します。

子供だった私はその苛酷な実態を想像すらできず、

長じても詳しく聞く機会を持たないうちに、父は逝った。

今、言えることは、あの10代での出征が父にとって、

生涯唯一、海を渡った体験だったということだ。

戦争に駆り出されたあの日々が

父にとっての青春だったということだ。

青春の日々を振り返り、娘に聞かせる時、

砂粒を拾うようにわずかな良き思い出だけをかき集めて

語ったのではないだろうか。

行く夏に、

遠い空の向こうに帰る父に

茄子の牛に乗って追いかけて、聞いてみたい。

あなたの青春の日々のすべてを。

69年目の8月15日。

娘はほろ苦い後悔をかみしめる。

(写真は)

父に供える夏の花。

茄子紺のアクセントが素敵なアレンジメント。

花よりトーキビが良かったかな(笑)。

花と茄子の夏が行く。