あきつとぶ

朝起きたらつま先がひんやり、

思わずショートソックスをはきました。

素足の季節が終わったことを実感しながら見上げた空は

どこまで突き抜けるように青く、高く。

北海道は確実に夏の終わりを迎えました。

夏の果て、ゆく夏、夏の名残り、夏惜しむ、夏尽きる。

いずれも晩夏の季語ですが、

永遠に続くような暑さもいつかは終わりを迎えるということを表す言葉。

他の季節と違って、「果て」とか「尽きる」とか

どこか無常感を帯びた哀惜を含んだ表現がちょっと切なく感じますね。

特に北海道の夏は思いきりよく行ってしまうので、

今年も夏の果ての後ろ髪に追いすがる未練たらたらの夏女であります。

ああ、ソックスはいちゃった、あずきバーの減り方が鈍ってきた・・・。

「天高く、私は肥える秋かいな(笑)・・・」、

やたらと高い青空を眺め、ふと足元に目を落とすと、

何やら透明で繊細なレースのような物体が落ちています。

これは・・・とんぼの羽。

先端が薄い茶色をしたとんぼの羽が一枚、ベランダの床に残されていました。

どうして一枚だけ?

そばを見回しても、傷ついたとんぼの姿もありません。

大事な羽を一枚残して、どうやって飛んでいったのでしょうか。

何だか気になる夏の果ての忘れ物。

処暑を過ぎた頃から飛び始める精霊蜻蛉は

南の国から太平洋を渡って飛んでくるきますが、

寒さに弱く、日本の冬を越せずに死んでいくそうです。

それでも飛んでくるのをやめないのは

亡くなった人の魂を乗せてくるのだという説もあります。

ベランダに残された羽は

そんな精霊蜻蛉の忘れ物だったのでしょうか。

賑やかだった夏を一緒に過ごした亡き人々の魂を乗せて、

高い高い天上まで送り届けてくれたのでしょうか。

とんぼの古名は「秋津(あきつ)」。

「津」は「の」と言う意味の助詞なので「秋の虫」ということでしょう。

その後「蜻蛉(かげろう・せいれい)」「えんば」「とんぼう」「とんぼ」と

呼ばれるようになったようですが、

「えんば」とは「重羽(えば)」のこと。

繊細なレースのようなとんぼの羽は天上への長旅にそなえてのものなのか。

夏の果てのとんぼの落とし物に

すぐそこまで近づいてきた秋を感じます。

秋隣。

あきとなり。

夏の終わりのもうひとつの季語。

まさに・・・。

(写真)

泣きたくなるくらいに

どこまでも青くどこまでも高い空。

秋隣の今朝の空。