おててつないで
おてて、つないで・・・。
母と手をつないだのは何年ぶりだったでしょう。
いや、何十年ぶりかもしません。
意外なほど小さく感じたその手は
でも、変わらずに温かった。
実家の母が眼の日帰り手術を受けることになり、
病院まで車で送り迎えをしました。
手術は順調に終わり、
痛みもなく、すこぶる元気な様子でしたが、
片方の目は眼帯に覆われているため、
冬の夜道の一人歩きはちょっと心配。
車を降りてから玄関までのわずかな距離、
「滑ったら危ないから」
思わず、母の手をとりました。
日頃は社交ダンスに合唱、英会話と
趣味に走り回る元気なシニア、
娘がお世話するすき間などなく、
手をつなぐ必要なんて全くなかったわけで、
覚えてないほど久しぶりにつないだその手の感触に
不意をつかれてしまいました。
記憶の中の母の手は
冬のなると、いつも節々が真っ赤にふくれて、
「指輪なんか入らないよ、この手は」と
恥ずかしそうに自分で笑っていた。
幼かった私は
「お母さんの手は(お魚の)きんきみたい」と思っていた。
そして同時にその赤い手がいつも痛そうで可哀そうで、
真っ白に治るお薬はないものかと思っていた。
今のようにいつでもお湯が出る便利な給湯暖房もない時代、
毎日冷たい水仕事にさらされる母の手は
赤くてちょっとごつごつして、
もっともっと大きかったのに。
何十年ぶりにつないだその手の
意外なほどの小ささと温かさに、
不意打ちで胸をつかれた。
「大丈夫、大丈夫」と言いながらも
ぎゅっと私の手をつかんでくる。
かすかに体重を預けてくる。
遠い昔、私を抱き、おぶってくれたその人が
温かい手を遠慮がちに委ねてくる。
いきなり、ちょっと泣きたくなった。
親が年をとることが悲しいのではなく、
母の手がこんなにも温かいことに泣きたくなる。
もっと親孝行しなくちゃいけないのに、
もっと優しくしなくちゃいけないのに、
もっとちゃんと話を聞かなきゃいけないのに、
ついつい「で、つまり結論はなに?」なんてせかせずに、
前置きの長い話にも根気よくつきあわなきゃいけないのに。
ホント、こんな自分勝手な娘なのに、
あなたの手は子供の頃と変わらずに温かい。
親というものは、変わらず温かい。
こんなにも温かい。
皮膚感覚で感じたその温度は
たじろぐほどだった。
もうすぐお正月。
久しぶりに故郷に帰省する人も多いでしょう。
照れずに、親と手をつないでみて下さい。
思わぬ小ささと温かさに気づくはずです。
おてて、つないで。
もっと、優しい娘になろう。
イイ年して、
いまさら心に誓った師走の夜でした。
(写真は)
昔ながらの相対販売が懐かしい
沖縄の農連市場にて。
魔除けの八日飾りを束ねるおばぁの働く手。
ぎざぎざの鋭い葉っぱも
こともなげにさくさく素手で無造作に束ねていく。
働いて働いて、子を生み、育ててきたその手は
きっと泣きたくなるくらい、温かいにちがいない。



