ノボール先輩

球春。

う~ん、なんとわくわくする言葉でしょう。

野球シーズンが開幕するこの時期を表すスポーツ用語は

今や春の季語にもなっています。

我がコンサドーレ札幌のホーム開幕戦もあさって土曜日に迫り、

サッカーもいよいよ球春到来であります。

「まり投げて 見たき広場の春の草」

野球好きで知られた正岡子規の句です。

明治23年に既に「野球=春」を感じとっていた鋭い感性に驚きます。

松山から上京し入学した大学予備門で野球に出会い、熱中した子規は

数々の野球用語を翻訳し、そのほとんどは今も現役。

「直球」「打者」「走者」「飛球」などはずべて子規が訳した言葉です。

もちろん自らも熱心な野球選手であり、ポジションは捕手でした。

その野球愛と日本野球の普及への功績から

2002年には野球殿堂入りしています。

「春風や まりを投げたき 草の原」

これも冒頭の句と同じ1890年、明治23年の一句。

この年から自身の幼名「升(のぼる)」にかけて

「野球(のぼーる)という雅号を用い始めています。

ベースボールが「野球」と翻訳される4年も前だそうですから、

日本で最初に「野球」という表記を行ったのは正岡子規だったようです。

ふと、気づきました。

「まり投げて・・・」の句も「春風や・・・」の句も

「見たき」「投げたき」とあります。

見てみたいなぁ・・・投げてみたいなぁ・・・と詠んでいます。

春の球場で思いきり白球を投げているプレーヤー目線ではありません。

1889年、喀血した子規は大好きだった野球をやめていたのでした。

でも自分はプレーできなくても、いや、むしろだからこそ、

子規の野球愛はむしろ高まっていったのでしょう。

子規が死の直前まで病床で綴った日記「仰臥漫録」にも

野球に関する句が残されています。

「蒲公英や ボールコロゲテ 通リケリ」

明治35年、つまり子規が亡くなるその年に詠まれた一句。

黄色いタンポポを優しく踏み分けるように

コロコロと真っ白いボールがころげていった先に

子規はどんな風景を見たのでしょうか。

見たかったのでしょうか。

ノボール先輩、見てますか!

この春のセンバツ、子規が学んだ母校松山東高校が出場します。

実に82年ぶりに甲子園の土を踏むのです。

部のルーツは帰省した子規が生徒らに野球を教えたことがきっかけだそうです。

もはや白球を投げることもかなわず死の床から子規が夢みた情景を、

この春の甲子園で後輩たちが現実のものとするのです。

「蒲公英」の句から95年後の春。

白球がコロコロとタンポポを踏みしめて転げた先には

真っ青な空と甲子園の大歓声が待ってるのでした。

良かったね。ノボール先輩。

球春、到来ですね。

(写真は)

ファイターズのBBくんとコンサドーレのドーレくん。

我が家のマスコットたちもわくわく。

球春到来。

さあ、あさってホーム開幕戦、

必ずや、超攻撃的勝利だ~!