晩餐会へようこそ

「兎肉裏越シ羹汁」に始まり

「牛脊肉蒸焼」に「鯛蒸焼鶏卵牛乳合製汁添」、

「氷酒」をたしなみ、食後には「蒸菓」「冷菓」「氷菓」等々。

明治の宮中晩餐会にようこそ。

「天皇の料理番」として知られ、旧宮内省や宮内庁で主厨長を務めた

秋山徳蔵さんが収集した宮中献立表など1200枚が

学術研究のために公開されることになりました。

「へ~、文明開化の時代、トリュフまで食べていたんだ、豪勢~!」

新聞に載っていた1887年明治天皇誕生日の晩餐会の献立表の実物写真に

食いしんぼの目が思わず惹きつけられました。

実際に列席者に配られたメニューカードは漢字とフランス語が併記され、

メイン料理にはトリュフを使った牛肉や鴨肉料理も並んでいます。

しかし、その漢字表記が冒頭の「兎肉裏越羹汁」などなどいかにも古風。

一読しただけでは、何と読むのか、どんなお料理なのか、ちんぷんかんぷん。

フランス語のメニューと照らして判読した内容が

カッコつきで記載されていました。

これがまた、美味しいミステリーを判読するようでなかなか楽しい。

「兎肉裏越羹汁」は「ウサギのスープ クルトン添え」

「牛脊肉蒸焼」は「牛フィレ肉の蒸し焼き」で

「鯛蒸焼鶏卵牛乳合製汁添」は「タイの蒸し焼きの卵と牛乳のソース添え」

多分、今風に言えばクリームソースを添えた鯛のポアレ、あたりかなぁ。

「氷酒」は「カクテル酒」のことらしいのですが、

明治の晩餐会でもフローズンダイキリなんて楽しんでいたのかしら。

ん?「天門冬及青豆牛乳汁製」とは何でしょう?

「天門冬」って???

どうやらアスパラガスのことらしい。

「牛乳ソースのアスパラガスとグリーンピース」と判読されていました。

ふ~む、アスパラとグリーンピースのホワイトソース煮ってことね。

デザートも「蒸し菓子」「ゼリー」「コーヒーアイスクリーム」に

「フルーツ盛り合わせ」とたくさん用意されているのも嬉しい。

嬉しいって、別に招待されていないけどね(笑)。

秋山徳蔵さんの遺族が大切に保管していた資料は

1874年(明治7年)から1964年までの宮中の晩餐や午餐などのメニュー表や

秋山さんが天皇随行の際に集めた「ヨーロッパ諸国献立」など1200点。

「料理の研究に広く役立ててほしい」と公開が決まったそうですが、

明治天皇と伊藤博文がアスパラのホワイトソース煮などを

立派な口髭を気にしながら、そろそろと口に運び堪能した場面を想像すると、

遠い文明開化の時代が生き生きと現代に蘇ってくるようです。

食文化のみならず外交、政治史の一端をひもとく一級の歴史的史料ですね。

冒頭の明治天皇誕生日の晩餐会の献立表には

デザートとスープを除くと7品のお料理が記載されていますが、

鴨、鯛、七面鳥、野菜のお料理が一品ずつで残る3品はすべて牛肉。

庶民に大人気だった牛鍋のように文明開化を象徴する食材ですが、

宮中晩餐会においてもやはり堂々の主役だったのですね~。

しかし、一説には明治天皇は日本料理を好んでいて、

実は肉より鮎や鱧などお魚が好物だったという話もありますから、

外交儀礼とはいえ、ザ・牛肉祭りの晩餐会の翌朝は、

天皇の胃もさぞやお疲れではなかったかしらとちょっと同情したくなりますね。

1200枚にものぼる歴史的メニューの数々。

「天皇の料理番」秋山コレクションから

さあ、いったいどんなエピソードや場面があらわれてくるのか。

資料の寄贈を受けた「味の素食の文化センター」によると

この秋には一般公開も計画されているそうです。

美味しいミステリーへの興味は尽きません。

(写真)は

昨日のマイ桜標本木の様子。

我が家の前の桜並木の一本です。

青空に向かってう~んと気持ちよく背伸び。

つぼみはまだまだ固く閉じていますが、

春センサーはいよいよ始動。

今年の開花は早そうな、気がする。