小豆の旅

あんこ作りの肝は「おもてなし」。

畑からここまでやってきてくれた小豆への思いやり。

それが丁寧な丁寧な仕事につながっていくんだね。

食べるばかりで大事なことを忘れていましたよ。

徳江さん。

今年のカンヌ映画祭でも話題になった映画「あん」。

昨日の土曜日に観てきました。

河瀬直美監督がドリアン助川の同名小説を映画化。

舞台は小さなどら焼き屋、キャストは樹木希林、永瀬正敏など実力派、

絶品の「あんこ」をめぐる心揺さぶる作品とあって、場内はほぼ満席、

しかも土曜日のシネコンとしてはかなり平均年齢が高め(笑)。

我々同様、シニアのご夫婦がずいぶん目立ちました。

「あんこ」世代には見逃せない映画です。

小さなどら焼き屋の雇われ店長をしていた千太郎のもとに、

ある日、一人の老女が店で働きたいとやってきます。

「時給200円でもいいんです」という徳江が作る粒あんが絶品。

やがてその美味しさが評判を呼び、店は大繁盛しますが、

ある心ない噂をきっかけで客足はぱったりと途絶えてしまいます。

それは徳江がかつてハンセン病を患っていたという噂。

だまって店を去った徳江の足跡を

千太郎と近所の女子中学生ワカナがたどると・・・。

いい映画でした。

どら焼きなんか食べたことないフランス人でも絶対じんわりくる。

カンヌでも絶賛されるわけだ。

徳江さんの作る粒あんに誰もが魅了される。

丁寧に丁寧に、赤子を慈しむように小豆を洗い、

静かに煮上げ、慎重に渋を抜き、また静かに炊き、

艶々と美しく練り上げられた徳江さんのあんこは美しい。

お天道様の出る前から鍋の前にはりつくその姿がまた美しい。

素朴で、時にユーモラスな徳江さんの言葉は

どんな哲学書よりも、悩める魂にじんわりと効いてきます。

気が遠くなるような手間暇かけたあんこ作りに驚く千太郎さんに

「おもてなし・・・」と呟く場面がありました。

小豆が畑から長い長い旅をしてこの鍋まで来てくれたのだから、

その旅を想像し、いたわり、慈しみ、あんこに仕立てなければね。

だから、あんこ作りはおもてなしだと言うのです。

映画を通して観客は徳江さんの長く苛酷な人生の旅を想像します。

いきなり人生から「自由」、「選択」、「尊厳」を奪われた一人の少女。

閉ざされた環境で和菓子作りを覚え、丹念な手仕事を続けた半世紀。

畑の小豆の声が聞こえるまでに50年という月日が流れていたのです。

シネコンの暗闇のなか、

ふと、「アベマリア」の旋律が耳元に蘇りました。

20数年前、韓国のハンセン病患者が暮らす村を取材で訪れた時のこと。

カメラを回している最中に朗々とした歌声が響いてきました。

既に視力を失ったヨアキムさんという男性が

黒いサングラスかけた顔を天に向けて、

世界中のすべてを祝福するかのように歌っていたのです。

通訳の人が「感謝の気持ちだそうです」と教えてくれましたが、

あの「アベマリア」もまたヨアキムさんの「おもてなし」だったのでしょうか。

小豆ひと粒に思いを寄せる想像力があれば、

この世界の無理解のほとんどはなくなるはずなのに。

小豆の旅を想像することの大切さを

しっかリ心に刻みます。

徳江さん、ヨアキムさん。

シネコンからの帰り道、

ご近所の和菓子屋さんでどら焼き二つを買った。

小豆の声が聞こえるかしら。

小豆の旅が見えるかしら。

(写真は)

ご近所の老舗和菓子店のどら焼き。

黄金色の皮と小豆の濃いルージュのコントラスト。

割って初めてはっとする美しさが隠れている。

台詞の少ないヨーロッパ映画のようだ。