祈りの島

夏の沖縄旅6日目は島から島への「旅中旅」。

早朝に那覇からJTAで宮古島へひとっ飛び、

伊良部大橋開通で5つの島がひとつながりになったため、

午前中だけで宮古島から伊良部島、下地島へアイランズ・ドライブ、

そしてレンタカーは池間大橋を渡って、宮古島の北にある池間島へ。

周囲9km、人口800人余りの小さな島は大きな感動がいっぱいでした。。

誇り高き池間海洋民族を自認する海人(インシャ)の島。

漁協直営の池間食堂で名物「さめそば」と絶品「カツオ丼」を堪能、

前庭では被災地から4年の旅を経て漂着した第5徳丸に対面、

また道を尋ねた元漁協組合長さんからは

池間の海人(インシャ)ご一行様「サッポロビール園酒豪伝説」を聞き、

人気スポット「池間大橋」をドライブするだけで帰るなんて実にもったいない、

魅力あふれる島であることを滞在1時間で実感しました。

食堂で漁協のおじさんからもらった島のガイドマップとルートブックは

既存のガイドブックには載っていない島の情報が詳細に記されていて、

旅人にとっては実に貴重な旅資料。

まずは食堂のおばちゃんから、

「キレイだから行っといで、神社の向かいだから」と薦められた、

表紙写真の池間島版「ハート岩」を目指そうと、

くだんの元組合長さんに道を尋ねたのですが、道順はわかったものの、

説明の中にあった「オハルズ」という単語は謎のまま。

う~ん・・・それはそれとして、とりあえず、レンタカーは島めぐりに出発。

え~っと、ここを右折して二つ目の角を左に曲がって・・・

・・・ふぇ~ん(涙)・・・

やっぱり島の細い道は一見さんの旅人には迷路だった。

緑の森へと続く小道に幾つかぶつかるのですが、

ここは琉球時代からの古い信仰が現代にも生き続ける池間島。

島内にはいくつもの聖域があり、むやみに立ち入ることはできません。

何も知らない迷子の旅人がうかつに踏み入ってしまっては大変です。

きちんと島の人に聞かなくては・・・。

緑濃い小道から島の幹線に戻ると、良かったぁ~、

ぽつんと一軒、ガソリンスタンドがありました。

「すみませ~ん、道を教えてほしいのですが・・・」

「はい、はい、どこ行くんですかぁ?」

石油会社のキャップを被ったオーナーらしき30代くらいの男性が

ニコニコ笑顔で気さくに応じてくれました。

池間の人たちは、みんな、基本的に陽気で明るく屈託がない。嬉しい。

「あの、このハートの岩の海を見たいんですけど、

食堂で、神社の向かいだからすぐわかるよって言われたんですけど・・・」と

食堂のおばちゃんの台詞をリフレインすると、

笑顔のお兄さんの表情が、一瞬、引き締まった。

「え?神社?・・・ここは誰も入れませんよ、入っちゃいけないんですよ」。

それこそが謎の言葉、「オハルズ」でした。

島の人さえ年に一度しか入ることが許されないという、

池間島の信仰の中心である最も重要な聖域。

島全体の守護神として信じられている「オハルズ御嶽」(大主神社)なのでした。

マップの写真には確かに大きな鳥居が写っていますが、

これは明治維新以降の神社化で建てられたもので、鳥居から奥は

古来から信仰されるナナムイとも呼ばれる「オハルズ(ウハルズ)御嶽」、

宮古諸島の中でも特に禁忌が厳格な聖地なのです。

「はいっ、わかりました、もちろん、鳥居の奥には立ち入りません。

ハートの岩と向かいの海を眺めたいだけですから」。

あ~、ちゃんと確認しておいて良かった。

「ホント、誰も入れないんです。僕たち島の人間もね、あそこの神社には

年に一度のお祭りの3日間しか入ることができないんですよ」。

スタンドのお兄さんがふたたび笑顔に戻って、色々教えてくれました。

信仰心が篤い島の行事や祭祀はほとんどが旧暦で行われていますが、

特に最も重要な祭祀が旧暦8月から9月の初甲午から3日間行われる

豊作と豊漁を祈願する「ミャークヅツ」という伝統行事。

池間島民は4つの「ムトゥ」と呼ばれる集団のいずれかに属していて、

池間で生まれた子供は誕生の次の「ミャークヅツ」の時に

父親が所属する「ムトゥ」へ行き、その一員として登録されます。

池間島の55歳以上の男性のみが「ムトゥヌウヤ」となり、

「ミャークグツ」の期間中は所属する「ムトゥ」に集い、

祖先を敬うとともに、子孫繁栄を願うのだそうです。

そしてこの3日間だけは一般島民も食堂のおばちゃんが言うところの「神社」、

「オハルズ御嶽」への参拝が許されているのでした。

「僕が生まれた時も、で、僕の子どもが生まれた時も、

父親とかおじいさんとがミャークヅツで報告してくれたんですよねぇ」。

「じゃあ、ずっと島にお住まいなんですか?」

「いやいや、子供が生まれた時は本島にいたんですけど、

島の外で生まれた子供のことも、ミャークヅツで報告して

ちゃんとムトゥに入れるんですよね」。

なんか・・・すっごく、素敵なお話だ。

池間島のこうした伝統行事は民俗学的にも注目されていて、

池間島の女性が島以外の男性と結婚して生まれた子供も

母親が属する「ムトゥ」に届け出ることもあるということです。

宮古諸島以外へ移住して子供が生まれた場合も

ほとんどの親は「ミャークヅツ」に合わせて帰郷し、この儀礼を行い、

どうしても帰れない場合も親類縁者に依頼して

代理で「ムトゥ」に届け出てもらったりもするそうです。

「この1年おかげさまで無事に過ごすことができました。

誰それの家で、赤ちゃんが生まれました。

島の新しいメンバーが増えました。どうか健やかな成長を見守って下さい」

大切な祭りの日に「ムトゥヌウヤ」という島の「大人」たちが

家族を代表して、先祖代々信仰してきた神様に感謝と報告を捧げる。

「ミャークヅツ」は島の神様への大切な出生届。

ここで「ムトゥ」の新しいメンバ一として承認されることこそが

「誇り高き池間民族」の一員であることの明らかな証となるのでしょう。

命を大切にする島の人々が受け継いできた素敵な伝統です。

「ミャークヅツ」の間は島の男たちは伝統の「クイチャー」を踊り、

遠く離れている親戚縁者たちも島に戻ってきて

小さな島は大変な賑わいになるといいます。

「島のみんなで新しい命を大事にしていて、ミャークヅツ、素敵ですね」。

「そうですね、島に生まれて、良かったって、毎年思います」。

若き父親であるスタンドのお兄さんもいつの日か「ムトゥヌウヤ」となり、

この大切な伝統行事の担い手となっていくのです。

池間島。

自らを「誇り高き池間民族」と呼ぶ人々の

温かなプライドのルーツを垣間見たような気がします。

さあ、島の文化を歴史にリスペクトをこめて

「オハルズ」へ向かいましょう。

(写真は)

池間島で最も神聖な場所。

「オハルズ(ウハルズ)御嶽」(大主神社)。

ウハルズ神は「大主」がなまったもので池間島が無人島だったころに

大和から漂着した神とも伝えられています。

明治維新以降に建てられた鳥居より先は何人も立ち入ることができません。

立ち入り禁止を告げる看板は夏草に半分隠れていたが、

禁忌を破る者など決していない。

大切な大切な魂の宿る場所。

オハルズ御嶽の目の前には美しい海岸が。

ぽっかり浮かんだハート岩は絶景だった。

ふと、背中がほんのりと温かくなった。

神様が後ろから見守ってくれるような気がした。

旅人もそっと手を合わせ、祈り、オハルズを後にした。