あまい文藝

一陽来復。

今日は一年で一番日が短い冬至。

ということは明日からは

少しずつ太陽が元気を取り戻していくということ。

寒さの底で明るい未来を予感する日。

さあ、カボチャのお汁粉、食べなくちゃ。

芥川龍之介センセイも

冬至にはカボチャのお汁粉を楽しんだのでしょうか。

新聞の書評欄で見つけ、即買いした新刊本をめくりながら

甘党だった文豪の微笑ましい姿を想像しました。

河出書房新社「おいしい文藝」シリーズの最新版、

本のタイトルは「ずっしり、あんこ」。

もう、キャッチコピーが泣けてくる。

「掌の重みは、おいしさの証」。

久保田万太郎、池波正太郎、井上靖に糸井重里、東海林さだお等々。

歴史に残る文豪から現代の名文家まで

「餡」に一家言ある一流の書き手が精魂こめて綴った、

其々のあんこ愛がずっしり詰まった一冊。

自称北海道粒あん党党首&こしあん党党首の夫婦がスルーできようか。

夫が即ゲットした本をちゃっかり妻がお先に読んじゃってます。

タイトルは「ずっしり・・・」ですが、小ぶりでライトな装丁。

小豆色のカバーがあんこ愛にあふれています。

おっとぉ、ただでさえ読書スピードが早い私、

ほっておくと一気に読み終わってしまいそうなので、

一章一章、甘みをかみしめながら、大事に頁をめくることにします。

希少なあんこ本、すぐに読了なんて、もったいないもったいない。

お饅頭の包み紙をむくように、大事に大事に本を開く。

おお~、冒頭から文豪が登場、実は甘党だった芥川龍之介です。

題名は「しるこ」。

「羅生門」「蜘蛛の糸」など独自の作風で文壇に名を残した文豪は

国語の教科書の写真を見てもわかるようにニヒルな印象ですが、

大の甘いもの好きでもありました。

平仮名で「しるこ」と題した随筆は実に楽しげな筆致で

芥川龍之介のあんこ愛が綴られています。

関東大震災以降、東京では汁粉屋が減ってカッフェが増えたと嘆きつつ、

浅草の「梅園」などは「しるこ屋らしいしるこ屋」だとほめたたえます。

だが「紅毛人たちは『しるこ』の味を知っていない」と、

その魅力がいまだドメスティックに留まっていると喝破。

「帝國ホテルや精養軒のマネエジャア諸君」はもっと外国人に

しるこの味をアピールすべきだと強く提案しています。

さすれば、しるこは麻雀のように世界を風靡しないとも限らないと。

いいぞぉ~!素敵だぞぉ~!芥川龍之介!

既に昭和の始めに日本の食の素晴らしさを見出し、

ひいては「あんこ」の世界的価値を広く知らしめようと訴えるなんて

「あんこ」界のレジェンド、初代アンバサダーではありませんか。

随筆はさらに甘く愉快な妄想へと続きます。

「はるかニュウヨオクの或クラブに紅毛人の男女が七八人、

一椀のしるこを啜りながら、チャアリ・チャプリンの離婚問題なんかを

話している光景を想像している」。

ニューヨークで、パリで、

人々の語らいのまんなかに、いつかきっと、「しるこ」がある。

そんな明るく健康な妄想を楽しそうに綴った芥川龍之介。

この随筆「しるこ」が書かれたのは1927年(昭和2年)。

文豪が自殺を遂げるわずか2カ月半ほど前のことでした。

こんな愉快な随筆をしたためながら36歳で旅立ってしまうなんて。

苦悩に満ちた作家の内面は計りしれませんが、甘党の一人として、

もっともっと芥川のあんこ話を読みたかったなぁと思ったりします。

芥川が「しるこ」を書くきっかけとなったのが友人久保田万太郎。

アイツが「しるこ」のこと書いているので僕も書きたくなったと

冒頭に綴られています。

あんこ愛についてはお前になんぞ負けないぞ、なんて、

微笑ましい甘いライバル心が見え隠れして、

ニヒルでクールな作家のカワイイ一面にほっこりしました。

さあ、続いて2章目はその久保田万太郎「甘いものゝ話(抄)」。

おっとぉ、ゆっくりゆっくり、味わいながら読み進めるとしましょう。

一陽来復。

太陽と本の力に元気をもらう。

冬至の日。

(写真は)

これぞ、ずっしり、あんこ。

北海道の製餡所謹製の粒あん。

掌の重みは、甘い誘惑。

芥川が愛した「しるこ」でも作ろうか。