ゆいまーる咲く
梅はぁ~咲いたか、桜はまだかいな♪
朝のニュースで江戸端歌の歌詞通りの現象を目撃。
京都の北野天満宮では早くも梅が開花。
早咲きの梅は早くも見頃とか。
これも暖冬の影響?
梅の名所として知られる北野天満宮では
このところの暖かさで早咲きの梅が例年より1ヶ月ほど咲きそろい、
すでに7分咲きの見頃をいるそうです。
初詣客で賑わうお正月に梅がほころぶなんて、
菅原道真公もびっくりぽんっ!でしょうねぇ。
京都の昨日の最高気温は16度と春のような陽気、
おみくじ引いて梅見見物とは華やかなお正月ですね。
一方、我が家のカレンダーは早くも桜が満開。
恒例のJTA美ら島シリーズ、2016年1月は「桜と赤瓦」。
日本一開花が早い沖縄の寒緋桜の濃いピンク色と
伝統的な赤瓦の屋根の美しいコントラストを捉えた写真です。
撮影場所は琉球王朝時代から美しい島として名高く
「球美の島」と呼ばれる久米島。今年も1月下旬から2月にかけて
鮮やかな桜色が島を彩ることでしょう。
京の都で梅が咲き、沖縄ではほどなく桜が咲きそう。
まさに江戸の端歌通りの春。
日本一桜が早く開花する沖縄は、
日本一早い新茶がとれることもでも有名。
沖縄の茶どころ、本島北部やんばる名産の「奥みどり」は
沖縄旅の際には必ず買って帰るおみやげのひとつです。
お茶の名前にもなっている国頭村「奥」集落には
経済や流通、地域再生の観点から注目されている「宝」があります。
それは「奥共同店」。
沖縄本島最北端の国頭村奥集落で1906年(明治39年)に創業、
地域の住民の出資によって運営される共同売店です。
戦前は売店が船を持ち、木材などを那覇へ運ぶなどして
プチ商社のような活況を呈した時代もあったそうです。
戦災によって店舗が焼失するなど幾多の困難を乗り越え、
一世紀以上に渡って住民の暮らしを物心両面で支え続る地域の宝。
見た目は小さなコンビニエンスストアですが
日本一早い「奥みどり」の新茶製造販売も手がけ、
日用品や比較的日持ちのする食料品、住民が作った野菜、果物、
ガソリン、灯油、クバ笠に島ぞうりなどなど
沖縄の暮らしに欠かせない物が一通り揃った共同売店は
人口200人余り、高齢化が進む集落にとって
なくてはならない買い物拠点であり、オアシスです。
そんな「奥共同売店」が今、買い物難民問題など
地域の高齢化、過疎化対策のキーワードとして注目されている。
年末に観たあるドキュメンタリーでそう紹介されていました。
店の運営は代々、住民の代表が務め、
商品の仕入れも集落出身者が帰省のついでに
那覇の激安店から水やお茶のペットボトルを買いこんできたり。
売る方も買う方もさまざまな努力をしてお店の運営に関わりますが
本島最北端という不便な地、品物の値段は割高になったりします。
それでも、集落の人は、手押し車に頼って歩いてきてでも、
共同売店でパンを買い、お茶を買い、誰それさんのタンカンを買う。
ここの店に並ぶ品物は貨幣価値を超えた「半商品」として
経済や流通、地域問題の専門家も着目しているのでした。
そこで販売されることによって
商品そのものの価値以外の部分が付加された品物。
買うだけなら他の入手手段もあるかもしれないが、
そこで買うことで店を存続、再生できると選択して買う品物。
それが「半商品」。
かつて奥共同店の帳簿には「学費立替」の項目があったそうです。
良い人材を育てようと売店が学費を出していたのですね。
今でも掛け売りや貸し付けの習慣が当たり前に残っているとか。
自分たちの集落は自分たちで商う。
みんなで助け合う「ゆいまーる」の心が可視化されたオアシス。
それが奥共同売店、なのかもしれません。
「バス、何時だったかね?」。
お年寄りから日に3本のバス時間を尋ねる電話が普通に入る小さな店。
そこへ行けば暮らしの大抵のことが賄え、
何よりも会話がある、誰かがいてくれる、助けてくれる。
沖縄旅の時には時間がなくて、
泣く泣く「奥」行きをあきらめましたが、
人と人とつなぐ「半商品」が並ぶ小さなオアシスを
いつかゆっくり訪ねてみたいなぁ。
一年中ゆいまーるの花咲く小さな売店で
そうだ、日本一早い新茶を買おう。
(写真は)
新年恒例、六花亭の口取りセット。
亡き父にお供えしました。
練りきりで作った甘い鯛が大好物だったけど、
晩年は隣のコンビニにも買い物行けなくなるほど衰えた姿がせつなかった。
買い物って、ほんと、ただ商品を買うだけじゃないんだよね。
北海道にもゆいまーる売店あればいいな。

