花の話
3月11日です。
あの日から5回目の春。
東日本大震災発生から5年を伝える朝刊に
ある一枚の花の写真が載っていました。
無性に心がひきつけられたその花の名は
「水葵(ミズアオイ)」。
滴るように鮮やかな緑の葉の先に
薄紫色の小さな花がつつましげに咲いています。
素朴な土の器に活けられたミズアオイ。
「採取地・南相馬市鹿島区真野川河口域」
「器は小高区浦尻貝塚出土の大木9式縄文土器」。
写真のキャプションにはそう書かれていました。
この花は津波によって息を吹き返した「奇跡の花」。
南相馬市の沿岸部にあったミズアオイは
この100年の間に干拓や農薬散布によって影を潜め、
準絶滅危惧種に指定されていた水生植物でしたが、
その種が津波によって地表に洗い出されて
震災後、一斉に咲き始めたのだそうです。
写真はこの奇跡の花をいけてほしいという依頼を受けて
現地に赴いた華道家、片桐功敦氏が
縄文土器に活けたミズアオイの花でした。
津波で多くの命が消えた同じ場所で
津波によって息を吹き返した花があった。
やりきれないほど美しく瑞々しい小さな花は
私たちに何を伝えようとしているのでしょうか。
震災後7か月間、被災地で花を求め活け続けた片桐氏は
津波に流され、基礎しか残っていない誰もいない跡地に
チューリップやラッパ水仙などが咲く姿もたくさん見たそうです。
また原発から30キロ圏内では
除染作業で取り除かれた表土を詰めた黒い袋(フレコンバッグ)から
さまざまな植物が芽吹いていたと言います。
「自然は常に変わることなく、
我々から奪いもすれば、与えもする」。
華道家は印象的な言葉で文章を締めくくっていました。
「自然に善悪はない」。
同じ3月11日の別の新聞では
解剖学者がこんな言葉を語っていました。
「バカの壁」「養老訓」などの著書で知られる養老孟司氏への
ロングインタビューをまとめた特集記事。
天変地異は突然暴力的な勢いで攻め立ててくる外部事象で、
時として人間の脳は大きく変わってしまうものだけど、
「自然に善悪はない」。
だから人間の側に備えが必要。
大切なのは「人間を除いた自然界が、人間の価値観とは
関係ない力学で動いていると直視すること」。
多くの命を奪った津波によって息を吹き返した、
絶滅寸前の花の美しさをどうとらえていいのか
写真を見ながら混乱していた私の脳と心に、
養老さんの言葉はすとんと落ちていきました。
自然に善悪はない。
人間の価値観とは関係ない力学で動く大いなる事象。
だから自然に対して、つまり自己の外の世界に対して、
いつも意識を開放することがとても大事。
5年前のあの日、テレビ画面に映る見たことのない映像を
どう処理していいのか、明らかに脳は混乱しましたが、
養老さんはこんな処方箋を授けてくれました。
「一日15分でいいから、
人間がつくらなかったものを見たほうがいい」。
自然をただ見つめることで、己を取り戻す。
5年後の3月11日。
春の光に映える残雪の山々を眺め、
桜並木に固いつぼみの片鱗を探そう。
自然に、学ぼう。
(写真は)
亡き父の会津土産。
ゆらゆら揺れる首が愛らしい「赤ベコ」。
5年後の3月11日の朝刊とともに。
数字が刻む一人一人の震災に思いを巡らせる朝。

