読んで読んで
ねえ、読んで。
小さな指が絵本の文字を指差す。
可愛いお願いを断ることなんてできない。
おじいさんは静かに読み聞かせを始めた。
絵本がつなぐ幸せ。
朝刊の読者投稿欄に載っていた小さなハッピーニュース。
病院の待合室で80代の男性が何気なく本箱の絵本を手に取ると、
3、4歳くらいの女の子がそばに寄ってきて、
絵本の最初の文字を指差し、その指を右に動かしました。
「これ、読んで」という、無言の可愛いお願いに
おじいさんは静かに読み聞かせを始め、おしまいまで読み切ったというお話。
その子のお母さんは帰り支度が終わっていましたが、
最後までそっと2人を見守っていたそうです。
う~ん、心がほっこりします。
春の日向のような温かい情景が目に浮かびますね。
絵本が結ぶ見知らぬおじいさんと小さな女の子の触れあい。
読んでもらった子供も、読んであげた大人も
両方幸せな気持ちにさせてくれる。
絵本は魔法の道具だ。
「ねえ、読んで読んで」。
私も小さな頃は、母や周りの大人に良くねだったものだ。
ただ内弁慶というか、意外に引っ込み思案な子供だったので、
(信じられません?笑)、おねだりできるのは家の中限定、
幼稚園の先生とか「外の人」となると、からっきしダメ。
「先生、読んで~」と絵本を手にしておねだりする他の子を
教室の後ろから遠巻きで羨ましく見つめるだけだった。
ホントは誰よりも「読んで読んで」の気持ちが強かったのに。
そんな「隠れお話好き」の幼稚園児だった私は
毎朝、お教室にやってくる先生の姿をじ~っと注目していたものだ。
そう、もも組さんの三浦先生、大好きだった若くて優しい女の先生。
「今日は絵本かな?紙芝居かな?もしかして両方かな?」
先生が絵本と紙芝居の両方を脇にはさんで来た日は超ラッキー。
朝のお話の時間、絵本と紙芝居の二本立てはすっごく嬉しかった。
そう、すっごく嬉しかったけど、
「ねぇねぇ、また読んで」と先生にまとわりつくことなどできなかった。
今思えば、とても不思議だ。
園のお教室の本箱には、憧れの紙芝居が並んでいた。
淡いダンボール色をした表紙に包まれたたくさんの紙芝居。
薄い背表紙がきれいに並んでいた棚の様子をはっきり覚えている。
手に届くところにたくさんの紙芝居があったのだから、
そんなにお話が好きならば、遊び時間にそのうちのひとつを指差して、
「先生、これ読んで」とおねだりすれば良かったのに、
おかっぱ頭の私はできなかった。何故だろう。
「遠慮」という言葉も知らない子供の、それは「遠慮」だったかもしれない。
だから、病院の待合室で見知らぬおじいさんのそばに行って
小さな指で「これ読んで」とおねだりできた冒頭の女の子を
私はちょっと尊敬してしまった。
自分の意思をちゃんと伝えられるなんてエライ。
でも、新入園の春、お教室の隅っこにいるようなリアクションの薄い子も
本当はとてもお話好きで
「先生、これ読んで」って言いたかったりするんだよねぇ。
なんて思いつつ、同時に半世紀前の自分の背中をちょっと押してあげたい。
「ねえ、読んで読んで」。
絵本を手にしたら、子供たちは遠慮なく口にしていいんだよ。
それは万国共通の子供の特権だ。
大人たちは可愛いおねだりに誰もあらがえない(笑)。
ねっ?
(写真は)
子供たちが大好きなチョコが
ちょっとほろ苦大人仕様に。
「大人のたけのこの里」。
チョコもクッキーもちょいビターがイイ感じ。
絵本のおともに(笑)。

