忘却レシピ

いつもの週末ごはんの準備。

キッチンに立ち、材料を用意、さぁクッキング開始、

まずはスマホのレシピを確認してと・・・、

ん?表示エラー???

過去レシピの表示期間が過ぎたってこと?

オーマイガッ!

テレビ番組で紹介されてたレシピだからね~、

そりゃそーだよね~、永久保存はできないってことか。

事の詳細はわかりませんが、確認できないことは事実。

作ろうとしていたのは「大根と鶏スペアリブの煮込み」。

ま、何とかなるか、もう何度か作っているもの、

自力で乗り切ろうではありませんか。

まずは大根を大きめの乱切りにして、

今回は例の黄色が美しい金美にんじんと

もう一色、鮮やかなパープルの紫にんじんもプラス。

鶏スペアリブをオリーブオイルとにんにく一片を加えたフライパンで

色良く焼きつけたら、ル・クルーゼに取り出して、

そのフライパンでざっと炒めた根菜類も加えます。

で・・・ここからの分量は・・・記憶と勘だけが頼り(笑)。

え~っと・・・まずは材料の3分の2が被るくらいの水を入れ、

そうそう、レシピは白ワインだったけど、

あえてコクのでる赤ワインを入れてたんだった。

ま、コレくらい、ちょっと多めが美味しいよね、きっと。

で、お醤油とみりんと、甘みを引き出す三温糖を少々、

そして味の決め手、トマトケチャップを、そうだなぁ~、

今日は根菜類の分量が多いから・・・コレくらい・・・?

己の記憶と勘と味覚センサーを信じるのみ(笑)。

あとはコトコトコトコト、ル・クルーゼにお任せしましょう。

朝のうちに仕込んで、火を止めて、夕食まで放置。

煮込みや煮物を成功させるポイントはこの「放置プレイ」(笑)。

鍋の中で冷める間に材料に味がぐんと染みこんでいくのです。

夕暮れ時、テーブルクロスや食器を用意しながら、温め直し、

同時に他の料理をちゃちゃっと作れば、お楽しみの金曜ごはん。

記憶と勘が頼りの「色々根菜と鶏スペアリブの煮込み」のお味は?

いざ、実食。

おおお~、自画自賛で恐縮ですが、美味い!

どの調味料もとんがることなく、仲良く調和、いいお味です。

スマホレシピを確認しながら作っていたこれまで比べて遜色なし。

デジタルの彼方に消えた忘却レシピなくとも、

自力で何とか作れちゃったもん。

これで完璧に我が家の一品になりましたな、うふふ。

な~んてほくそえんだ翌朝。

沢木耕太郎作の新聞小説の一節に目が吸い寄せられました。

かつて世界を目指した元ボクサーたちが

シニア版シェアハウスで共同生活することになり、

ある偶然から知り合った若いボクサーを育てていく物語なのですが、

トレーニングの後、手早く出来上がった一皿に

「何も見ないでそんな料理ができるものなんですか?」と驚く若い彼に

主人公の元ボクサー広岡が笑いながら語る場面。

「一回目はレシピを見ながら作る。

二回目はわからないところだけ見て作る。

三回目はできるだけレシピを見ないで作る。

四回目は記憶のままに好きなように作る。

それでその料理はその人のものになる。」

まさに!昨日の「色々根菜と鶏スペアリブの煮込み」も

偶然にもほぼこの過程をたどったことになります。

忘却レシピのおかげで結果的に記憶のままに作った料理は

そう、「わたしのもの」になったのだ。

それにしても、さすが敬愛する沢木耕太郎。

料理一皿をものにしていく過程をさりげなく語る台詞に

人生の機微をもそっとしのばせています。

老ボクサーたちが若きボクサーを育てていく過程も

同じようなものだと示唆してるようにも読み取れます。

俺達はボクシングを教えることができるが、

どんなボクサーになるのかは、お前次第なんだ。

そんな思いがそっと込められているかもしれません。

人が成長するって、そういうことなんだな。

人生にレシピはない。

真似したくなったり、憧れたりする生き方はあるだろうけど、

人のレシピをなぞっていては自分の人生にはならない。

良き刺激を記憶に残し、ヒントにしながら、結局は好きなように生きるんだ。

そうして初めて人生は君のものになる。

レシピに頼らず一人立ちする日。

子育てのヒントにもなる、ね。

(写真は)

記憶のままに好きなように作った

「色々根菜と鶏スペアリブの煮込み」。

うっかり料理の写真を取り忘れ(笑)、

代わりに材料の2色のにんじんちゃんを。

紫にんじんと金美にんじん。断面もキレイ。

不安から一転、結果オーライ、自分の料理になった。

料理と人生、よく似ている。