まじめなおしゃべり

きょう6月23日は沖縄慰霊の日。

梅雨明けの南国の青い夏空の下、

眩しい太陽が照りつけるなか、

人々が祈りを捧げる日。

それは特別な一日。

なのに、朝のテレビは、いつも通りだった。

沖縄県内では役所も学校も休み、

どのチャンネルも朝から慰霊の日の特集番組を組み、

正午からの平和祈念公園での式典も生中継されるのに。

遊びに行った子供たちも昼には家に帰り、

正午になれば黙とうするというのに

東京発のテレビは、いつも通りだった。

昨日の毎日新聞の記事で読んだのですが、

沖縄出身の人が進学や就職で本土に来て驚くのが

こうした慰霊の日の扱いの小ささだといいます。

子供のころから6月23日は黙とうするのが当たり前だったのに、

県外の職場や学校ではそんな人はいない。

友達に「きょうは慰霊の日だよ」と言ったら「何それ?」と言われた。

沖縄戦をテーマにした映画を製作した大学生監督は

そんな体験を語っていました。

また別の沖縄出身の大学生は

毎年6月23日には家族で慰霊式の中継を見て、黙とうの時間には

家の外に出て摩文仁のある南を向いて祈ったそうです。

でも東京の大学キャンパスはいつも通り、誰も黙とうしない。

その日、賑やかな学食で一緒にいた友達に

「慰霊の日だから、黙とうしたいから、1分間計ってほしい」と頼んだところ、

「地元を大切にしてるんだね」と友達は理解してくれたとか。

そして彼は、一人で祈ったのでした。

20万人を超える人が亡くなった沖縄戦から71年。

さらに痛ましいことに、沖縄の若い女性が殺害され、

元海兵隊員が逮捕される事件が起きました。

事件を報じる全国ニュースを見るたびに、

ふと違和感を感じる場面が多々ありました。

「沖縄の怒りはいかばかりか」とか、

「沖縄に悲しみが広がっています」などというコメント。

悲しいのは、怒るのは、沖縄県民だけなの?

どうして日本国民みんな、同じ思いを抱かないの?

これは沖縄だけの、問題なの?

どこか他人事と捉えているような感じがして、悲しくなった。

今朝の天声人語が「がちゆん」という言葉を紹介していました。

沖縄市出身の若者が立ちあげた学生ベンチャー企業の名前で

「がち(真剣)に、ゆんたく(おしゃべり)する」という意味。

「平和の礎」にひいおじいちゃんの名前も刻まれている彼は

大勢の人が自決した場所で修学旅行生が笑っているのも見て、

自分たち若者がさらに若い世代に沖縄のことを伝えていかねばと考え、

修学旅行生に大学生が混じり、沖縄で感じたことを、

がちにゆんたくする取り組みを始めたのだそうです。

6月23日。

沖縄に住んでいなくても、

沖縄が戦争で失ったもの、忘れてはいけない歴史、

大切にすべき文化、美しく豊かな自然、温かい人々。

まわりの誰かと、がちでゆんたくする日にしたいなと思う。

NHKでは慰霊式の生中継が全国放送されます。

BSプレミアムでも沖縄特集の再放送が幾つか組まれていました。

何かをきっかけに自分事として「がちゆん」したい。

しみじみ思う慰霊の日です。

(写真は)

ご近所の花壇で見つけた6月のバラ。

摩文仁の丘には行けないけれど、

心の中でそっと花を手向ける。

今頃は月桃の花が咲いているだろうか。

静かに平和を祈る。