肝高な城

その気高さを何にたとえよう。

古の謡にもそう讃えられた美しい城。

青い海に突き出す岩山にそびえる姿は

南の島の天空の城。

肝高(きむたか)わグスクよ。

夏の沖縄旅2016リポート、旅の後半は本島編。

2日目は愛する沖縄の焼きもの「やちむん」を求めて、

本島中部読谷村まで聖地巡礼ドライブ、

また新たに刺激的な作家と作品に出会い、

ますますやちむんへの恋心が深まりました。

お隣の恩納村から東海岸へ抜ける山越えの県道を通り、

金武町のキャンプハンセン第1ゲート前の「ゲート1」で

タコス&タコライスで遅いランチをとりました。

本島中部ドライブで欠かせないのが世界遺産「勝連城」です。

沖縄の世界遺産の中でも最古のグスクを目指して

金武町のお隣、うるま市へと車を走らせます。

ナビに案内されて順調に勝連城跡資料館の駐車場に到着。

で・・・?お城はどこ・・・?

「この前の道を渡って、あそこの道を登って下さい」。

受付のガイド嬢がにこやかに岩山の道を指し示す。

ひょえ~、結構な勾配、世界遺産を見るには体力がいる(笑)。

午後の遅い時間、雲が出てきて太陽を遮ってくれますが、

真夏の沖縄、やっぱり、暑い。

勝連城へと続く登山道(笑)を文字通り汗水たらしながら歩く。

ここは太平洋へと突き出す勝連半島の丘の上。

海抜100mほどの岩山にそびえ立つ勝連城(グスク)は

15世紀の英雄「阿麻和利(あまわり)」の栄華を語る歴史遺産。

当時、圧制を敷き民を苦しめていた9代目の按司(領主)を制し、

10代按司となった阿麻和利によって、勝連は海外貿易を繰り広げ、

大いに栄えたのでした。

その後、中城の護佐丸も討ち滅ぼし、

首里城まで攻めのぼった阿麻和利ですが、

逆に首里の軍勢に攻められ、落城、勝連グスクも廃城となりました。

汗を流しながら当時の栄華を偲ばせる城壁を目指しています。

おおお・・・見えてきたぁ、何と美しく優雅な曲線でしょう。

四の曲輪(くるわ)、三の曲輪、二の曲輪、そして一の曲輪。

自然の地形を巧みに利用した優美な石灰岩の城壁からは美しい海、

平安座島や浜比嘉島、宮城島、伊計島の島々の連なりが一望できます。

一の曲輪を登り切り、かつての天守閣跡へ。

北は金武湾を囲む北部やんばるの山々、南には知念半島や久高島、

そして護佐丸の居城だった中城城跡も遠くに見え、

沖縄のグスクの中でも最上級の眺めを誇る天空の絶景に

しばし見惚れ、流した汗も爽やかにひいていきました。

今では城壁しか残っていませんが、発掘調査では

当時首里城でしか使われていなかった瓦や中国の陶磁器、

東南アジア、朝鮮、大和(日本)も文物類が大量に発見され、

いかに勝連が豊かで繁栄したかがわかります。

午後の太陽が雲にさえぎられ、グレーに染まる天空の城。

そのてっぺんに立ち、眼下の風景を眺めていると

天下統一まで後一歩だった阿麻和利の無念が伝わってくるよう。

圧制から民を解き放ち、天下を夢みた15世紀の英雄。

12世紀から17世紀に渡って謳われた島々のウムイ(思い)が

1554首収められている沖縄最古の歌謡集「おもろそうし」には

勝連の栄華、阿麻和利を讃える謡がたくさん詠まれています。

「勝連わ 何にぎや  大和の 鎌倉に 譬ゑる  又 肝高わ 何にぎや」

勝連は何にたとえようか、大和の鎌倉か、気高き勝連を何にたとえよう。

肝高(きもたか)=気高いという意味の言葉が似合う英雄だったのでしょう。

太平洋に突き出す半島にそびえる天空の城から

阿麻和利が見たであろう風景を目を閉じて想像してみる。

城下を行きかう活気あふれる民たち、

遠い異国から荷物をいっぱいに積んで戻ってくる船、

この豊かな領土をさらにさらに広げて、天下を取る。

・・・その一歩前だったのにね・・・。

首里城側からすれば「逆賊」だった阿麻和利ですが。

「おもろそうし」に収められた数多くの謡からは

いかに阿麻和利が民衆たちから慕われていたかがよくわかります。

視点を変えて歴史に触れるとまた違う風景が見えてくる。

「おもろそうし」で旅する沖縄も、趣き深い旅でしょうね。

歴史と文化の豊かさに触れて、

流れる汗も、心も落ち着いてきた。

肝高の天空の城を後に、

さあ、夕暮れの那覇へ帰ろう。

(写真は)

古の栄華を物語る勝連城跡。

曲輪の優美な曲線にうっとり。

阿麻和利の無念が雲を呼んだのか。

グレーに染まる肝高なグスクよ。