ガジュマルの呟き
波打つ曲線。
おおらかな形。
切り株のギザギザも
ガジュマルが生きた証。
そのまんまで美しい。
夏の沖縄旅2016リポート、旅の後半は本島編。
自然、歴史、文化に触れる本島中部ドライブの翌日、
旅の三日目は青い海が美しい南部エリアを訪ねています。
「糸数アブチラガマ」で沖縄戦の記憶を体感し、
奥武島の名物てんぷらで遅いお昼、
伝説の海カフェ「浜辺の茶屋」でひと休みした後、
ずっと片思いしていた憧れの木工作家の工房を訪れました。
南城市の高台にある「gallery.k」。
藤本健さんの工房です。
斜面に沿うように建てられた工房兼ギャラリーは
余計な装飾を排した白い漆喰の壁が印象的な静謐な空間。
色や形やサイズもさまざまな木の器が整然と並び、
静かなんだけど、耳をすますと、
木々のお喋りが聞こえてくるような気がします。
ガジュマルやアカギなど沖縄の木で作られた表情豊かな器たち。
那覇の器のセレクトショップ「ガープ・ドミンゴ」で一目惚れ、
ようやく憧れの工房を訪れることができました。
色白の木肌が美しいボウル。
「これは?」傍らの藤本さんに尋ねると「ガジュマルです」。
うわぁ・・・素敵・・・どっしりとしたブラウンがかったこの大皿は?
「ああ、それもガジュマルです。同じガジュマルでも全然違いますよね」。
こちらの驚きを楽しむように、ふふっと笑顔で答える藤本さん。
ここにやってきた木の個性はできるだけ、そのまんま。
穴があったり、年輪が歪んでいたり、波打っていたり。
南国で生まれ育った木の生き方を100%受け入れ、
あるがままの美しさを見いだした結果、
同じ種類の木でも全く違う色や形に仕上がるのでした。
元々、東京でオーダー家具などの木工作品を手掛けていた藤本さん、
沖縄に移住後、地元ではあまり器にしない沖縄の木の個性に魅かれ、
家具から器へシフト、今では木の器に専念しているそうです。
それにしても沖縄の木、材料はどうやって調達するの?
「勝手に木を切れませんからね(笑)、やってくるのを待つんです」。
のんびり答える藤村さん。「やってくる?」。
「私有地で伐採されたものとか、延び過ぎちゃって切られたものとか」。
たとえば屋敷周りのガジュマルなどは根がどんどん伸びてしまって、
地中の水道管を損傷しかねないために切られることがあるそうです。
そうすると藤本さんのところに「ガジュマル出るよ~」と連絡が来るとか。
こうして、ここに、木がやってくる。
工房にやってきた生木を乾燥させている間に
元々持っている木の個性に加え、水分とか温度とか
その時の環境で木肌に波が打ったような歪みが出たり、色が変化したり。
「穴も歪みも傷も色の変化もなるべくそのまま生かしてあげたくて、
どう削ったら、どんな器になるかな~って木と会話するんです」。
だからボウルなのに小さな穴はそのままだったり。
「汁ものは無理だけど、果物やお菓子入れればいいかなって」。
だよね、器はこうでなくちゃと決めつけなきゃいいんだよね。
沖縄に生まれ育った木への深い愛情と尊敬から生まれた器。
ひとつとして同じものがない中で
ぐいぐいと強い引力で私を引きつける器がありました。
ちょっと濃いめのブラウンが美しいガジュマルの大皿。
広い縁が印象的な分厚いフォルムが実に力強い。
ライ麦パンとか田舎パンなど無雑作に持ってもいいし、
「緑の葉を敷いてお肉とかお刺身持っても素敵ですよ」。
藤本さん、ナイスアドバイス。
ん?よ~く見ると、広い縁が少しギザギザしているような・・・?
「これ・・・ギザギザしてますよね?」
「わかります?このガジュマルが伐採されたときの
チェーンソーの跡、なんです」。
言われてみれば・・・自然の木肌に食い込む規則的なギザギザ。
あるがままを活かしてあげるって、そうか・・・。
木の終焉もまるごと引き受けてあげるってことなのね。
ともすれば痛々しいはずの伐採跡が
美しい器にさらに印象的な表情を加えている。
人間だって同じだよね。
生きていればさ、傷もつくし、心に穴が開くこともある。
でも誰かにあるがままにまるごと受け入れてもらえたら、
どんなにか幸せだろう。
武骨で美しいガジュマルの大皿を棚に戻せなくなる。
この木肌を見ていると、不思議に勇気がわいてくる。
決めた、私と一緒に札幌のお家に帰ろう。
ね?ガジュマルくん。
うふふ。
シワもシミも何だか怖くなくなった。
人間の経年劣化も味のうち。
ガジュマルの呟きが教えてくれた。
私も美しい器になろう(笑)。
元気をもらって「gallery.k」を後にする。
(写真は)
「gallery.k」の藤本さんと。
一目惚れした大皿は
「ガジュマルくん」と名付けよう。
大切に北海道に連れて帰るからね。

