秋の祈り
秋のお彼岸。
お線香がたなびく向こうから
小さく呟く声が聞えてきた。
なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ。
一心に祈る丸い背中の懐かしさよ。
朝から秋雨にけぶる札幌。めっきり秋めく景色に押されて(笑)
今日は夏の沖縄旅リポートをちょっと休憩、昨日の秋分のお話を。
秋晴れの天気予報がちょっとはずれた曇り空のお彼岸の中日、
母と夫と3人でいつものように父のお墓参りへ行ってきました。
お盆ほどのラッシュもなく、スムースに駐車場に車を停め、父の墓前へ。
好物のおはぎや和菓子、果物をお供えし、順番にお線香をたててお参り、
私の次に夫が手を合わせているのを待っていた時のことでした。
お線香の煙がたなびく霊堂の向こうから
「なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・」
小さくしわがれた声で呟くお念仏が聞こえてきたのです。
ああ・・・懐かしい・・・。久しぶりに聞いた。
おばあちゃんたちが唱える「なんまんだぶ」。
子供の頃はよく耳にしていたような記憶がありますが、
夫と二人暮らしとなった今はほとんど聞く機会がなくなっていたことに
今更ながら気づかされました。
お念仏の声の主は小さなおばあちゃん。
白髪頭によそゆきの黒いレースの帽子をちょこんと被り、
小さな背中を丸めてただただ一心に
なんまんだぶ、なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・。
漢字で書けば「南無阿弥陀仏」、仏教的に大切な文言ですが、
お隣のおばあちゃんが唱えるそれはもっと素朴な響きに満ちていて、
聞く人を懐かしい気持ちにさせてくれる平仮名の「なんまんだぶ」だった。
そう、どこか沖縄の「うーとーとー」の響きにも似ている。
「ねえ、なんまんだぶって、久しぶりに聞いたね」。
帰りの車の中で夫にそう言うと、
「だねぇ、昔はあちこちでばあちゃんたちが唱えていたけどねぇ」。
手を合わせていた夫の耳にも懐かしく届いていたようです。
「南無阿弥陀仏」と唱えるお念仏は浄土真宗の要ですが、
別名「名号」と呼ばれ、夕暮れに口と書く「名」の字には
夕暮れが迫るなか、我が子を心配する親が
「お父さんは、お母さんは、ここにおるぞ~」と叫ぶ様子を
表わしているのだそうです。
熱心な仏教徒でもなんでもない私たち夫婦がはからずも
お彼岸参りで行き合わせたおばあちゃんの「なんまんだぶ」に
懐かしさを覚え、不思議に心が癒されたのは
その響きにこめられた大きな親心ゆえなのかもしれませんね。
お念仏は「こだま」や「山びこ」に例えられることもあります。
何か大きな存在にすっぽりと心をゆだねて、ただ無心に祈ると
山々がこだまを返してくれるような安心感に包まれるもの。
だから、私たち人間は、祈るのでしょう。
お彼岸の中日は秋分の日、昼と夜の時間が同じになるこの日は
西方にいるご先祖さまと東方の私たちの距離が最も近くなる日、なんだとか。
な~るほどねぇ~。好物のおはぎを供え、亡き父に語りかけるには
秋のお彼岸、うってつけの休日てわけなのねぇ~。
なんまんだぶ、とは唱えなかったけど、
ず~っと家族を見守ってねと、亡き父の親心にお願いするのでした。
おはぎ、いっぱい食べてね、お父さん。
(写真は)
お彼岸のお墓参りの後は恒例ランチ。
ご近所のお気に入り古民家「座忘庵」へ。
手打ちうどんと中華料理が美味しいお店は
いつも季節の花々に彩られています。
季節替わりの「月の膳」の美しい前菜に感動。
さつまいもの月にトマトや茄子を細工した花が咲く。
心もお腹も大満足の秋彼岸。

