見送る春
あああ・・・
涙が止まらない。
旅立ちの春、
別れの春、
ヨソの人なのに泣けてくる。
春分の日。
朝の情報番組は旅立ちの春特集、
テレビカメラが「別れのエピソード」に密着。
故郷から大学進学で上京する一人息子とともに、
東京で一人暮らしの部屋を物色する父母の姿に
何年か前の自分を重ねてしまいます。
「俺としては休日に多摩川とか散歩したいんだよね」と
憧れの東京ライフに前のめりの息子に対し、
キッチンはガス?IH?「・・・ああ、やっぱり心配」と
男の子の一人暮らし、何から何まで心配なお母さん。
わかる、わかる、わかりますよぉ。
ガスの元栓、戸締り、ゴミ出し、ホント大丈夫?ってね、
信頼の一方で親の心配は尽きないよね。
もう一つの別れのエピソードは18歳女子。
沖縄の高校を卒業して、地元でカフェを開く夢を叶えるために
春から横浜で接客の仕事につくために上京する彼女を
仲良しの友達が那覇空港まで見送る場面。
友人たちが嗚咽しながら送別の手紙を読む姿に
ヨソの人なのに(笑)思い切りもらい泣き。
いやぁ、年々歳々、別れの場面にはめっぽう弱くなった。
自分の卒業式では泣けない女子だったのに。
そう、そうなんだ。今更、気づいた。
自分が母となり、一人息子を送り出した時は
嬉しさと淋しさと心配と期待であれほど胸いっぱいだったのに、
18歳の自分が大学進学で故郷室蘭を旅立ったあの春、
私を見送ってくれた母が、どんな顔をしていたのか、
どんな表情をしていたのか、どんな言葉をかけてくれたのか、
さっぱり覚えていないのだ。
薄情にもほどがある。
親の心配も知らず「休日の多摩川」が気になる息子クンと一緒だ。
18歳。それは見事なほど、前しか見えない年頃だ。
春からの新しい生活。初めての都会暮らし、憧れの東京。
その旅立ちを支えてくれる親のありがたさや
ましてや「親心」に気づくには若過ぎた。
きっとガスコンロや戸締りまで心配していてくれたのに。
旅立つばかりだった娘は
自分が親となって初めて
見送る側の気持ちが痛いほどわかった。
今はもうあの頃の罪滅ぼしのように、
ヨソの別れの場面でも涙が出てくる。
晴れやかな旅立ちの春。
淋しさをそっと飲み込む見送りの春。
すべての春に、幸多かれ。
(写真は)
瀬戸内の梅。
春の岡山を旅行中の友人が
送ってくれた季節の一枚。
梅も咲いたね、桜ももうすぐだね。

