あおによし九九

あおによし

奈良の都の

お役人も

苦労したかも

九九八十一

むず・・・むずむず・・・へ、ヘ、ヘ~ックション!

季節の変わり目は空気の変わり目、鼻がむずむず、くしゃみがとまらない。

「秋来ぬと目にはさやかに見えねども鼻むずにぞおどろかれぬる」

思わず有名な和歌をパクってしまう朝であります。

昔の人は鼻炎アレルギーなんてなかったのかな~?

なんて、ぼんやり思いながらめくった朝刊に興味深い記事を発見。

「『九九』暗記 飛鳥時代の役人も?」

藤原京跡の木簡に九九の一覧表があった、らしい。

奈良県橿原市の藤原京跡で宮城の番兵が属する役所「衛門府」の推定地から

2001年に大型の木簡の一部とみられる長さ16.2cm、幅1.2cmの木簡が出土。

当初は文字の練習用の木簡とされていましたが、昨年、赤外線装置で

再判読したところ、九九が書かれている可能性が高いと判明したと、

昨日4日、奈良文化財研究所が発表しました。

縦に「九九八十一」「四九(三十)六」「六八(四十)八」と書かれ、

九九を右から左へ5行ずつ段組みにして並べた一覧表の

右上端に当たる部分と考えられ、実用的な九九木簡としては最古級、

5行ずつの一覧表は秦漢時代(紀元前3~起源後3世紀)の中国の

模範的なスタイルだということです、

九九の始まりは紀元前の中国で朝鮮半島を経て日本に伝わりました。

日本で九九が文字として確認できるのは7世紀後半以降ですが、

古墳時代に伝わり、古墳の設計などに使われた可能性もあり、

読み書きとともに九九は古代の役人の基礎教養だったそうです。

今回判明した木簡は一覧表の一部、九九がすべて書かれていたとすれば、

木簡は長さ33cmほどになるそうで、ちょっと持ち歩くにはデカすぎる。

おそらく役所に置いて使ったと考えられ、なんだか、めっちゃ親近感がわく。

かつて息子の部屋にも大きな九九の学習ポスター貼ってあったもんねー。

小学生の息子が時々半泣きになりながら、

「しちはごじゅうろく、しちく・・・ひっくひっく、ろくじゅうさん」なんて

一生懸命必死で覚えていた姿を思い出します。

小さな子どもにとっては暗記もさることながら、九九の複雑な発音も

けっこう難しかったんだろうな~って今ごろ思い当たる母だった。

飛鳥時代のお役人も九九がお仕事上のマストだったとすれば必死だったよね。

すらすら覚える同僚を横目に焦ってしまうお役人とか、

ドカンと職場に置かれている九九木簡一覧表を「こんにゃろめー!」と

恨めしく眺めていたお役人とかも、いたかもしれない。

あおによし奈良の都の九九木簡と

かつての子供部屋の九九学習ポスターが

はるかな時を超えてシンクロする。

世紀の発見なのだった。

(写真は)

早朝の東の空。

きれいな朝焼け

朝焼けは雨だっけ?

札幌、今夜遅くに雨の予報なり