聞こえ今帰仁

「聞こえ今帰仁

百曲がり積み上げて」

琉球古謡集に謳われた

いにしえの気高いグスク。

耳を澄ませ歴史の音を聴く。

夏の沖縄旅5日目は本島北部の本部半島ドライブ。

朝早く那覇を出発して目指したのは「備瀬のワルミ」。

神に選ばれた者しかたどりつけない聖地とされますが、

幸運にも崇高で神秘的な絶景を見ることができました。

(現在は立ち入り禁止となっています)

深い感謝と敬意をもって静かに聖地を後にします。

畑と叢のなかの迷路のような小道を通り、

県道114号線から国道505号線を経て山側へ向かう県道115号線へ。

車は本部町から今帰仁村へ入りました。

そう、難読地名の常連「今帰仁(なきじん)」といえば、

本部半島ドライブ、次の目的地はいわずもがな、

世界遺産「今帰仁城跡」であります。

首里城に匹敵する規模を誇る今帰仁城跡。

14世紀に琉球王国が成立する以前から存在していた

北山の国王、北山王の居城として築かれました。

難攻不落と言われた今帰仁城は流麗な首里城とは対照的、

万里の長城を思わせるワイルドな造りが魅力的で

海と城壁を望む絶景ポイントとしても知られます。

そう・・・なんというか・・・

沖縄版「夏草や 兵どもが 夢の跡」だったなぁ・・・。

2000年の世界遺産登録以前に一度訪れたことがあるのですが、

当時は古い城壁の痕跡が草むらに残っていたような印象で

訪れる観光客の姿も少なくて、なんだか物悲しい風景だった記憶が。

おもわず芭蕉の句が浮かんだものです。

しかし、ずいぶん前のことだから記憶も曖昧、

今一度、世界遺産「今帰仁城跡」を再訪問いたしましょう。

山側へ向かう県道115号線に入るとすぐ大きな病院が。

「北山病院」。かつての王国の名前が受け継がれていました。

本島北部に北山、中部に中山、南部を南山が支配していた

いわゆる「三山鼎立時代」の歴史を感じます。

な~んて思いながらハンドルを握っていると、

おおお~、立派な堂々とした石造りの看板がお出迎え。

「世界遺産 今帰仁城跡」。

さらに、おおお~、広々とした駐車場がいくつも整備され、

赤瓦が沖縄らしい「グスク交流センター」「歴史文化センター」の建物、

その周りには飲み物やお土産を揃えた売店も並んでいます。

世界遺産登録にともなって色々と整備されたのでしょうか。

叢と城壁しかなかった記憶のなかの今帰仁とは大違い。

敷地内は世界レベルに整備されていました。

では今帰仁城跡、四半世紀ぶりの再訪です。

交流センターの売り場でチケット交流。

広さ4ヘクタールの広大な城跡を効率的に巡るルートを聞いて出発。

心配された台風も本島から遠く離れ、夏空が戻ってきました。

白い雲がいささか多いものの、日傘や帽子は欠かせません。

だって、城跡だもん・・・天井なんてないんだもん。

今帰仁城を拠点に沖縄本島北部を治めた北山は

中国との貿易などで繁栄を極めていましたが、

1416年に中山の尚巴志によって滅ばされ、

以降は管理のために監守を今帰仁グスクに設置、

その居城として利用されました。

しかし1609年に薩摩軍による琉球侵攻により城は炎上。

監守が住まなくなって以後は人々の拝所となり、

精神的な拠り所として存在し続けてきた今帰仁城跡。

歴史と浪漫と癒しの城跡なのですね。

まずはその立地と全容に圧倒されます。

標高100mの高台にまさに万里の長城のごとく、

全長1.5キロに渡る堅牢な城壁が美しい曲線を描きながら続いています。

一番外側の「外郭」は2m前後の低い石垣で数百m蛇行し、

その広い空間を過ぎてまず見えてくるのが本門「平郎門」。

これは・・・確かに堅牢だ。

がっしりとした石組みの平郎門の向こうに

低い石段が延々と向こうへつながっています。

その両側に見える低めの木は・・・寒緋桜だ。

そうだった、今帰仁城跡は桜の名所、毎年1月から2月の桜まつりには

全国から大勢の花見客が繰り出し

日本で一番早いお花見を楽しむことで知られていましたね。

そして・・・おぼろげな記憶が蘇ってくる。

ここだ、この石段を歩いたんだ。

でも、なぜか記憶から立派な門は抜け落ちていて

石段と叢と低い桜の木のイメージだけが強く残っている。

平郎門は1960年代に当時の琉球政府によって修復されたもの。

だから、多分、見ているはずなのに、

人間の記憶とは印象の強いものだけが刻まれるらしい。

栄華を極めながら戦いに破れ滅びた北山王。

英雄の見果てぬ夢の記憶に

知らずに共鳴していたのだろうか。

琉球の古謡集「おもろそうし」にも歌われた堅牢な城。

「聞こえ今帰仁城 百曲がり積み上げて・・・」。

今帰仁城英雄伝説のお話はまた明日。

(写真は)

堅牢で重厚な今帰仁城跡。

「平郎門」前にて。

ワイルドで男性的な城は

中世ヨーロッパの古城にも似ている。

どんな王様が住んでいたのだろうか。