荒ぶる城
高くそびえる城壁。
美しい曲線美には
この城だけの秘密があった。
地球の歴史を積み上げた
今帰仁城物語。
夏の沖縄旅2017の5日目は本島北部本部半島ドライブ。
神に呼ばれた者しかたどりつけないとされる絶景中の絶景
「備瀬のワルミ」を訪れる幸運に恵まれ(現在は立ち入り禁止)、
神聖な気持ちで聖地を後にし、今帰仁村の高台へ。
世界遺産「今帰仁城跡」を四半世紀ぶりに再訪問。
ひとつの王国になる前の琉球は北山、南山、中山の王国があり
今帰仁城は北山王の居城でしたが、1416年に中山の尚巴志に滅ぼされ、
その後1609年に薩摩軍による侵攻で炎上としたとされています。
現在でも城跡からさまざまな陶磁器などが出土し、
中国などとの海外交易で繁栄を極めた北山の栄華が偲ばれます。
今は夏草と寒緋桜と城壁が残るだけ。
まさに「兵どもが夢の跡」。
そんな今帰仁城は首里城と並ぶ広さを誇り、
万里の長城のように堅牢な城壁が
全長1.5キロにわたり、美しい曲線美を描いています。
確かに美しい城跡ではありますが、
沖縄のほかのグスクとはどこかが違う。
その秘密は近寄ってみてわかりました。
よ~く近づいて見ると、流麗な曲線美とは対照的に
ゴツゴツと荒削りな石が積まれているのです。
これが北部の山から採れる「古生代石灰岩」。
この石は硬くて刃が立たないため、
そのまま積み上げる「野面積み」で造られているのです。
加工できないために隙間が多く、荒削りな石積みが特徴。
実は古生代石灰岩を利用した城は今帰仁城だけ。
それ以外の沖縄の城は柔らかい琉球石灰岩が使われているので、
加工しながら優美なアーチ状に組んでいくことができるのですが、
今帰仁城はワイルドで男性的な印象。
それは硬い石をももろともしない北山魂をそのもの、
他の城とは一味違う美しい無骨さがその魅力。
三山が覇権を争っていた琉球の戦国時代、
今帰仁城は難攻不落と言われていました。
城の周りの志慶間川沿いに百曲がりと呼ばれた堅牢な城壁が続き、
城内の道もくねくねと曲がり、敵の侵入を阻むように造られていて
非常に防御機能に優れた構造をしていたのです。
しかし、なぜ、難攻不落の城が中山王に落とされたのか。
どうやら、賄賂&スパイ作戦だったようで、
北山王の側近を賄賂で寝返らせ、裏門から侵入して攻め落としたとか。
いつの世も戦争は不条理なものであります。
今帰仁城落城時の北山王は攀安知(はんあんち)という王様。
荒々しいカリスマ性に富んだ武将だったとされる人物で、
数千の軍勢に対してわずか17騎という超劣勢な最後の瞬間まで
北山武士の名誉にかけて立ち向かおうと皆々を鼓舞した、と
中山の琉球政府の史書に記されているそうです。
滅ぼした側の史書に「あっぱれ」と記された北山王。
本当に勇気溢れる武将だったのでしょうね。
北山王の荒ぶる逸話は現代の組踊のテーマにもなっています。
地球の歴史を刻む硬い硬い古生代石灰岩をもろともせず
ひとつひとつ積み上げて、誰にも落とせない城を築いた北山魂。
夏空の下。
静かに美しい曲線を描く城壁。
夏草が静かに揺れる今帰仁城跡。
目を閉じて、耳を澄ませると・・・
あきらめない。屈しない。
誇り高き武将の声がふと聞こえたような気がした。
琉球戦国浪漫にしばしひたる沖縄旅。
(写真は)
ゴツゴツ荒削りな石積みが
遠目に美しい曲線美を描く。
荒ぶる北山魂が難攻不落の城。
四半世紀ぶりの今帰仁城は
味わい深かった。

