甘い憧れ
目をつぶり差し出す両手に
そっと乗せられた甘い粒。
お砂糖をまぶしたグミのような
そう、あなたの名前は
肝油ドロップ。
いやはや懐かしい。
昭和の子供たちにおなじみの
あの「肝油ドロップ」が今も人気なんだとか。
朝刊の経済面に載っていた特集記事によると
昔と違った食事情や海外でもじわりと人気が出始め、
ここ2年ほど品薄状態が続いているのだそうです。
へ?品薄?
肝油ドロップが誕生したのは1911年。「
タラの肝臓から抽出した油を食べやすいように開発されたもので
子供の成長に必要なビタミンAやDが豊富に含まれ、
今ほど食が豊かではなかった時代に
幼稚園や小学校などを中心に販売され浸透していきました。
長年医薬品として販売されてきましたが、
10年前から栄養機能食品として売り出したところ、
「懐かしい」」「子供の頃を思い出す」などSNSの口コミで話題になり、
大々的な広告もしていないのに需要がぐんぐん増えてきたそうです。
しかし製造元の薬業メーカーでは
もともと医薬品基準で作っているので簡単に増産ができないため、
供給が追い付かず品薄状態が続いているのだそうです。
なぜ今、肝油ドロップ?
なんでも食べ物が溢れている時代からこそ食生活が偏っていたり、
野菜不足を手軽に解消できそうといった声が多いようで、
つまり温故知新的サプリメントとして人気が集まっているのだそうです。
しかも中国や東南アジアなど海外での売り上げも全体の2割を占めるとか。
世界にはばたく懐かしの肝油ドロップ。
へ~、知らなかった~。
肝油ドロップが1世紀に渡って愛され続け今も現役とは。
半世紀前、おかっぱ頭時代の憧れの甘い粒々がねぇ~。
昭和の高度成長期、通っていた室蘭の幼稚園でも
肝油ドロップの時間がありました。
1日楽しく遊んだ後の帰りの会、小さな椅子を丸く並べて園児たちがお座り。
すると先生が平たい丸い缶を抱えてぐるりとみんなを見渡すのだ。
いつもその瞬間、おかっぱ頭は小さな期待で心臓がきゅっとなった。
今日こそ、今日こそ、アタシの名前が呼ばれるだろうか・・・。
一呼吸おいて、先生がちょっと厳かに宣言する。
「今日のぉ、肝油ドロップの係はぁ・・・○○ちゃんです」。
・・・やっぱり・・・アタシじゃなかった・・・。
膨らんだ期待が空気の抜けた風船のようにぷしゅ~っとしぼむ。
「はい、みなさん、目をつぶって、両手を前に出しましょう」。
指名されたお友達は先生から渡された丸い缶を抱えて、
し~んと静まり返った輪の中をぐるりと回りながら、
目をつぶった園児たちの手に肝油ドロップを二粒ずつ、
そっと載せていくのでありました。
憧れの肝油ドロップ係から今日も漏れたアタシは
軽い落胆とともに大人しく目をつぶって両手を差し出す。
輪の中をしずしず当確(笑)したお友達の足音が近づいてくる。
カサカサ、カサカサ・・・ドロップを摘まみだす音。
微かな気配のあとにざらっとした小さな粒が手のひらに置かれた感触を
どういうわけだか半世紀経ったいまでもはっきりくっきり鮮明に覚えている。
だって、ご指名されたかったんだもん、肝油ドロップ係。
みんなが目をつぶっているなかで
自分一人が肝油ドロップの丸い缶を抱えてそっと手のひらに載せていく。
幼心にそれはとても神々しい特別なお役目に思えてならなかったのだ。
だがしかし聖母マリアのような慈愛に満ちた係に指名されることはなかった。
いや、あったかもしれない。卒園間近のバタバタした時期に
ついにその日がやってきたような朧げな記憶があるようなないような。
いざ実際にやってみると、あれ?こんなもん?(笑)、
期待したほどの感動はなかったのかもしれない。
人間の記憶はことほどさように曖昧。
でも曖昧な記憶からはっきりわかることがある。
何かに憧れている時間そのものが幸せなんだということ。
それは未来がいっぱいいっぱいある子供たちの特権であり得意技だ。
あれから半世紀。今の自分にはてさて憧れはあるだろうか?
肝油ドロップにもの想う初冬の朝、でした。
(写真は)
昭和の思い出。
肝油ドロップにバタークリームケーキ。
キッチュな色合いのクリームの花よ。
那覇のお菓子屋さんの店先にて。
きゅんと切なくなるほど、懐かしい。

