百年コッペ

こんがりきつね色、

ふんわり、もっちり、

そのままでも

何をはさんでも美味しい

百年コッペ。

いつもの日常が戻ってきました。

ご近所スーパーでも牛乳、納豆、豆腐も入荷し始め、

空っぽだったパンコーナーにも食パンが並び始めました。

食品流通に大きな影響があった今回の震災で、

今更ながら感じたのが、パンの力。

パンは、確かに日本の主食になっていたのですねぇ。

震災後の薄暗いスーパーで

米よりも真っ先に姿を消したのはパンでした。

お米は家に常備していても、食パンは毎日買うしかないわけで。

小さな子供やお年寄りでも手軽で食べやすいし、

食パンがない、牛乳がない、朝ごはんどうしようと

困った家庭が多かったのですね。

戦後パン食が急速に普及し、総務省の家計調査によると、

2011年にパンの購入額がはじめてお米を上回りました。

そうなのよね、パンはもはや日本の主食。

停電と断水でパン工場の生産が一時ストップ、

がら空きの棚に言い知れぬ不安を感じた道民が多かったのですが、

昨日あたりから数はまだ少ないものの

食パンの姿をみかけるようになりました、ほっ。

昨日、土曜日の朝、

前日売り切れだった牛乳を買いにご近所スーパーにでかけたついでに

商業施設に入っている人気のベーカリーに立ち寄ってみました。

電気復旧後は朝9時の開店前に長い行列ができ、

開店と同時にあっという間に数少ない商品がなくなったそうですが、

昨日は平常よりアイテムも個数も少ないながら

香ばしいきつね色のパンたちが並んでいました。

朝のパン屋さんの幸せな景色よ。

あ・・・コッペパンだ。

本格的なバゲットが自慢のブーランジェリーに

日本が誇るレトロパンが美しく並んでいるではありませんか。

ピーナッツにチョコクリームに・・・おお、あんバター♪

嬉しくなって、一個だけゲット。

夫婦で仲良く分けおうっと。

コッペパンはアメリカで製パンを学んだ田辺玄平が創業した

東京上野の「丸十ぱん店」が陸軍糧食の嘱託となり、

1919年(大正8年)に開発、軍に納めたパンがルーツとか。

栄養価が高く、手軽に食べられるコッペパンは

戦後まもなく始まった日本の学校給食のまさに主食となり、

昭和世代のカラダはコッペパンが支えてくれたようなもの。

欠席した級友の給食パンを紙袋に包んでお家まで届けたよねぇ。

ランドセルから出てきた食べ残しの給食パンを

母がもったいないって、もち焼き網で焼いていたっけ。

カセイジャムのりんご味はあんまり好きじゃなかったなぁ。

ヤバい、給食パン、コッペパンとなると

次から次と昭和な思い出が噴き出してくる(笑)。

1919年生まれってことは、そうから来年で100歳か。

震災後のお洒落なブーランジェリーで買ったコッペパンは

甘さ控えめの上品なあんこと、上等な無塩バターがたっぷり挟まれ、

パン生地はバターや卵を贅沢に配合したリッチなブリオッシュのよう。

戦後復興、経済成長をともに歩んだ日本のコッペパン。

大きな地震をも乗り越えた百年コッペを夫と半分こ。

美味しくいただきました。

ごちそうさまでした。

(写真は)

まもなく生誕100年。

ご近所ブーランジェリーの

あんバターコッペパン。

ふんわり、もっちり、上品リッチ♪