ウチのピカソ
かつて、
子供はみんな、
ピカソだった。
多分・・・
ウチの子も(笑)。
アメリカ大リーグ・エンゼルスの大谷翔平選手は
二刀流、どころか、三刀流だった?
北海道新聞の朝刊記事に思わずほっこりしました。
「大谷選手 画才もあった?」。
大谷選手が小学校1年生の時に描いた絵が
長沼町で展示公開されることになったのだそうです。
大谷選手の出身地岩手県水沢市(現奥州市)と長沼町の
姉妹都市交流の一環でかつて児童の作品の交換が行われ、
その中に姉体小1年だった当時に描いた作品も含まれていて、
一時は町内の小学校の自動玄関に展示されていましたが、
日ハム入りを機に盗難防止のため校長室で保管されていたそうです。
で、この度、そんな町の「お宝」を広く見てもらおうと
芸術の秋に公開することになったのでした。
絵のタイトルは「はみがきしゅっしゅっ!」。
画用紙いっぱいに大きな口を開けて歯磨きする顔が
なんとも伸びやかに大らかに描かれているではありませんか。
顔の半分以上を占める口、目よりも大きい白い歯、
対照的に歯磨きを持つ手が妙に小さかったりと、
自由なアンバランスな加減が、そう、ピカソっぽい。
メジャーのインタビューに答える様子なども
実に落ち着いた優等生っぽいイメージがある大谷選手ですが、
うふふ、小学校1年生の時に描いた絵を見ていると
型にはまらない、自由で伸びやかな、
子供らしい、子供だったんだなぁと親近感を覚えました。
そうだ、子供は、みんな、ピカソだったんだ。
そういえば、大谷選手と同世代のウチの息子も、
小さな頃、こんな絵を描いていましたねぇ。
決して上手ではないけれど、妙にインパクトのある、
見た瞬間、思わず頬が緩むようなユーモアあふれる画風(笑)。
なかでも彼の傑作は「鼻ほじる人」。
木版画の原板が我が家に大切に保管されています(笑)。
画面いっぱいに2頭身、いや、ほぼ顔だけの人物が
目尻が下がり切ったとぼけた表情で描かれ、
両手の親指を鼻の穴につっこんだ瞬間を切り取った作品。
モデルは友だちか、鏡に映した自分の顔か。
いじれにしても「おバカな少年」を実にリアルに描いた傑作(笑)。
なんで、わざわざ鼻ほじったとこ、描くかなぁ?
優等生少女だった母親とは全く違う感性に驚くやら感心するやら。
いや、正直、白状しよう。
一瞬、ウチの子はピカソ?なんて思った(笑)。
だって、大人には絶対描けない子供の伸びやかな画には
ピカソ的な魅力があるものだ。
既成概念にかられない自由な発想。
褒められよう、上手く描こうなんて下心なんぞ全くない子供たちは
感じたまま、見たままを何物にもとらわれず自由に表現する。
親なら一度は、そんな我が子の絵を見て、
もしかして、ウチの子はピカソ?なんて
そんな夢想にかられること、きっとあるはず。
あ・・・今、思い出した。
アタシも、かつて、ピカソだったのかもしれない。
中学校1年の頃、美術の先生になぜだかすごく絵を褒められた。
それまで自分は絵は下手だと思っていたのでとても意外で嬉しかった。
美術の時間が待ち遠しくなった。一生懸命描いた。
でも、その先生に褒められたのは、それが最後だった。
ある時先生は残念そうにこう言った。
「前はもっと大らかだったのにね・・・」。
そうなのだ。
先生に褒められた瞬間から、
アタシは褒められたくて、上手に描こうとし始めたのだ。
「下心」を持った瞬間、子供はピカソではなくなる。
表現は、ほめてもらうためにするんじゃない。
伝えたくてどうしようもないことをカタチにすることだ。
今なら、あの時の先生の言葉がよく理解できる。
遠い街で働くウチのピカソよ。
「鼻ほじる人」時代の
大らかな心を大切にしておくれ。
ピカソになりそこねた母の願いです。
子供たちは、みんなピカソだ。
(写真は)
芸術の秋。
食欲の秋。
どら焼きの秋。
北海道では小豆の品種も選べるんだぜ♪



