しみじみおばんざい
木の葉が色づき、
空気は冷え込み
日暮れも早い。
こんな季節は
しみじみが美味しい。
そんな秋はお天気も不安定で
昨日は朝からスマホの緊急アラームが鳴りっぱなし。
北海道は強い雨に見舞われ、札幌市内にも避難準備情報が出されたためで、
けたたましいアラームに心落ち着かない土曜日でしたが、
幸い大きな被害はなかったようで、ほっとしました。
午後からは青空も見え始め、本当に秋の空は移り気であります。
秋が深まると、おばんざいが恋しくなる。
銀杏が金色に色づき、空気が冷えこみ、日暮れが早くなってくると、
しみじみ、ほっこりした、気取らないおばんざいが食べたくなるもの。
てなわけで、久しぶりに作ったのが「炒り豆腐」。
お豆腐料理も夏の冷ややっこから秋ヴァージョンへ衣替え。
身近な材料が美味しく変身する一品であります。
まずは北海道産大豆の木綿豆腐を軽く水切り。
その間に人参、椎茸、長ネギ、鶏ささみひき肉を炒めていきますが、
炒り豆腐には絶対、胡麻油、この香ばしさが欠かせません。
具に油がまわったら、お豆腐を木杓子でざざっとつぶしながら加えます。
ここで崩し過ぎないのも大事なポイント。適度なお豆腐感を残し、
お酒、味醂、お醤油、ほんの少々の三温糖を加えたら、
ほど良く煮ていきましょう。
ぐつぐつ、ぐつぐつ、食欲をそそる匂いがしてくる。
汁気がほぼなくなるちょい手前で溶き卵を流し入れ、
ふんわり、ざざっと火が通ったら、出来上がり。
お豆腐をカラカラになるまで煮過ぎず、ほどよい水分を残すべし。
炒り豆腐成功の条件は、やはりお豆腐の水分調整と調味料のバランス。
水気が多いとぼんやり薄味になるし、水分を飛ばし過ぎると濃い味過ぎる。
よし、今回も、決まったぜ♪
ぴったり味が決まった「炒り豆腐」は、
本当にしみじみ、しみじみ、旨い。
特別な材料も使っていないし見た目も派手さはないお惣菜ですが、
ご飯のおかずにも、お酒のつまみにも、お弁当にも大活躍。
上出来の炒り豆腐の小鉢なんかが並ぶと
いつもの食卓が京都の裏小路の小粋なおばんざい処っぽくなる(笑)。
地味だけど、いい味出す脇役よねぇ。
しかし江戸時代にはお豆腐はご馳走だったとか。
徳川家康、秀忠、家光などの時代には農村では豆腐の製造が禁じられ、
食べることも許されない禁令が出されていたそうで、
江戸の初期まではお豆腐はお祭りやお盆、お正月など
特別な「ハレの日」だけ口にできる特別な食べ物だったようです。
家光のときに出された「慶安御触書」にも豆腐は贅沢品として
農民に製造することをはっきり禁じていました。
その家光の朝食には
「豆腐の淡汁 さわさわ豆腐 炒り豆腐」などが
出されたという文献が残っているそうで、
炒り豆腐は決して地味で身近なお惣菜、ではなかったのですね。
もっとも当時の炒り豆腐は海苔を炙って載せた
シンプルな料理だったようですが、
いずれにしても、江戸時代の初期、お豆腐料理はご馳走だったのです。
その後、江戸時代中期に庶民にも豆腐の製造が許され、
普段でものぼる日常的な食材になり、
「豆腐百珍」なる豆腐料理レシピ本も編纂されるほど、
お豆腐料理は和食の重要な位置を占めるようになったのでした。
う~ん・・・お豆腐がたどってきた意外な歴史を知ると、
我が家の炒り豆腐も一層味わいが深くなるというもの。
毎日、スーパーに並んでいるのが当たり前だと思っていたお豆腐。
でも先月6日の震災以降、北海道のスーパーから姿を消え、
物凄く不安で、淋しく、心配だったことを思い返しました。
炒り豆腐、湯豆腐、揚げだし豆腐に豆腐田楽・・・。
お豆腐に感謝しながら、しみじみおばんざい、また作ろうっと。
お豆腐さん、ありがとう。
(写真は)
深まる秋。
しみじみ味わう。
我が家の炒り豆腐。
うふふ上出来。



