行列のできるブラッスリー

パリ6区。

サンジェルマン・デ・プレに

芸術家も文学者も観光客も

誰もが平等に並ぶ老舗がある。

行列ができるブラッスリー。

「ヘミングウェイの『新作』掲載へ」。

読書の秋にぴったりの記事が朝刊に載っていました。

文豪アーネスト・ヘミングウェイが晩年に書いた未発表の短編の日本語版が

来月発売の文芸誌「新潮」に掲載されるのだそうです。

作品のタイトルは「A ROOM ON THE GARDEN SIDE」。

亡くなる5年ほど前の1956年頃に書かれた短編とか。

ボストンのジョン・F・ケネディ図書館に保管されていましたが、

アメリカ文芸誌の編集担当者がヘミングウェイ側の関係者と交渉、

今年の夏、アメリカでの公開に至り、

この秋、日本語版の掲載へとつながったというわけです。

日本語の作品名は「中庭に面した部屋」。

前置詞onは近接の意味、「~に面して」ってことなのね。

作品の舞台は第2次大戦中の1944年8月のパリ。

ナチスドイツから解放されたパリのホテルで

兵士とみられる男たちが酒を飲みながら語り合う内容らしい。

戦争を題材にした作品を多く残したヘミングウェイですが、

この短編は「戦争そのものを描かずに戦争を描いた作家の原点を

再確認させる作品だ」と翻訳した研究者が語っていました。

死後半世紀以上を経て読者のもとへ届く「新作」。

読書の秋に最も注目される短編小説、ですね。

1944年のパリ解放。

ヘミングウェイは一軒のブラッスリーに繰り出し、

高々とシャンパングラスを掲げ喜びを爆発させたと言われています。

そのお店がパリ6区のサンジェルマン・デ・プレにある「LIPP(リップ)」。

1880年創業のパリでも屈指の老舗ブラッスリーです。

家族で訪れたパリ旅行の初日の夜にヘミングウェイを気取って(笑)

お隣のホテルから繰り出した思い出があります。

季節はちょうど今頃、秋のパリの美しさは鮮明に覚えています。

お店の起源は1870年の普仏戦争がきっかけ。

戦争を契機にアルザス・ロレーヌ地方からパリに移住した

レオナルド・リップがこの地に店を構えたのが始まりで

1918年にマルセラン・ガゼスに譲渡された後には

「ガゼス賞」なる文学賞も創設され、

多くの文学関係者や芸術家、政治家たちが集いました。

特に第2次大戦中のパリ占領下においても

ナチス占領軍には協力的な態度を取らず、

自由と誇りを守り通したこの店を

ヘミングウェイはこよなく愛したのですねぇ。

1983年のイブ・モンタン主演の映画「ギャルソン」でも

ここリップが舞台として使用されています。

私たちが夜遅い時間に訪れた時も

白い長いタブリエ(エプロン)に黒ベスト、蝶ネクタイに身を包んだ、

イブ・モンタンのような古き良きパリを映し出す熟練ギャルソンが

「子供は寝る時間だよ」と小学生の息子に笑いかけながら、

まるでダンスのステップを踏むみたいに優雅な動きで

アールヌーボー様式の店内のテーブルへ案内してくれましたっっけ。

ホント、映画「ギャルソン」の世界だったなぁ。

「LIPP」と刻印された分厚いお皿。

発酵バターが香ばしい下平目のムニエル。

熱々のアップルパイ、パリっ子が大好きなステーキ&フリッツ。

ヘミングウェイが味わったかもしれない伝統的なブラッスリー料理に

満席の店内に流れる上品な話し声、カトラリーが奏でる音。

パリの歴史を味わえる貴重なお店でありました。

現在もセレブなスノッブな人々が

その歴史や雰囲気に惹かれて集まるお店となっているようですが

基本的に予約を受け付けていないため、

どんな有名人でも並ばなくてはいけないそうです。

顔パスはなしってことねぇ。

いいなぁ、昔気質の頑固な行列のできるブラッスリー。

ヘミングウェイが生きていたら、

文豪もリップの行列に並んでいたのだろうか。

想像するとちょっと楽しい読書の秋、です。

(写真は)

昨日、初冠雪の手稲山。

マンションの向こうに

ちらっと見える山のてっぺん。

かすかに白い雪が見える。