マボロシ食堂
あの店は
どこにあったのだろう。
名前も場所もわからない。
捜しようのない
マボロシ食堂。
今だ初雪のこない札幌。
記録的に温かい初冬となっていますが、
食欲は順調に季節を刻んでいます。
木の葉が落ちる時雨模様が切なくなると
無性に食べたくなるのが、
カキフライ。
白状しますが、私はめんどくさい人間(笑)。
チョコは好きだけど、チョコレートケーキはあまり食べない。
ナッツも好きだけれど、ナッツ入りのクッキーには惹かれない。
同じ食材も料理法や加工法によって好きの度合いがかなり異なる。
ことほどさように、牡蠣も例外ではありません。
生の牡蠣は苦手だけれど、牡蠣フライは大好き。
好き、どころではない、大好き、なのだ。
そんな牡蠣フライ好きが忘れられない食堂があります。
かれこれ20年、いや30年近く前のことか、
出張だったか、プライベートの旅行だったかさえ覚えていませんが、
とにかく、東京は下町、浅草界隈で夕食をとろうと散策していた時のこと。
ふと佇まいの良い一軒の洋食屋さんが目に留まり、
清潔な白い暖簾をくぐり抜けて店内へ。
おおお~、大当たり!
コの字型のカウンターの真ん中が厨房になっていて、
暖簾同様、真っ白なコック服に身を包んだコックさんたちが
それはきびきびと実に旨そうな洋食を次々と作っている。
店内は食欲をそそる匂いとお客さんの楽し気な賑わいに満ちていて、
「食べる幸せ」を絵に描いたら多分こんなお店になるんだろうと思った。
ここは、理想の、洋食屋さんだ。
もう食べる気満々で入口で待機していたら、
ホール担当らしいベテラン女性がつつっと近づいてきて、
「申し訳ありません・・・ただ今満席でして・・・」
恐縮しながらこうのたまうではありませんか。
残念無念!当時は今みたいに行列は一般的ではなかったし、
しかも季節は初冬、木枯らしの季節に並ぶ選択はなく、
泣く泣くあきらめるしかなかった。
「そうですか・・・残念ですけど・・・また」。
そう言い残して立ち去ろうとしながらも
まだ未練たらしく賑やかな店内をみやった視線の先に、
あの、忘れられない、牡蠣フライが、あった。
カウンター内の厨房で揚がったばかりの黄金色の牡蠣フライが
真白いお皿に1,2・・・6個は載っていたと思う。
今まさにお客さんの元に運ばれようとしている。
これは、理想の牡蠣フライだ。
コロッケみたいに大ぶりの牡蠣フライ。
どれほどプリプリの極上牡蠣を揚げているのだろうか。
ああ・・・もう立ち食いでいいから、ここに持ってきて!
なんて、はしたない妄想にかられ、しばし立ち尽くしたのだった。
食べたい、ここの牡蠣フライ、絶対食べたい。
いつかまた、リベンジするぞ。
と、思ったはずなのに、
なぜか、そのお店の名前も、場所も、覚えていないのだ。
今だったらスマホで写真撮ったり、メモしたりしたのだろうけれど、
2,30年前だものねぇ、記録に残すことなく、次のお店を探したのだろう。
ああ、一生の不覚(笑)。
あれから雑誌の東京下町の洋食屋さん特集などを読んでみても
不思議と記憶のアルバムに燦然と輝く例のお店は見当たらない。
真っ白い暖簾と真白い制服のコックさんが
コの字型のカウンター厨房で立ち働く気持ちのいい洋食屋さん。
大ぶりの黄金色に輝く牡蠣フライは・・・幻だったのか。
人間は記憶を都合の良いように書き換えるらしいですが、
下町好き牡蠣フライ好きが高じて再構成された夢想なのか?
どこにあるのか、マボロシ食堂。
牡蠣フライの季節になると
毎年必ず思い出す。
下町の裏通りに佇んでいた
気持ちの良い繁盛店。
名前も住所もわからない
わが心のマボロシ食堂。
(写真は)
昨夜は広島産牡蠣フライ。
小ぶりも美味しい。
生牡蠣よりも牡蠣フライ。
アタシはめんどくさい(笑)



