一番後ろのキミへ
伝説のバンド。
史上最高のエンターテイナー。
革新的で劇的な音楽と
圧倒的なパフォーマンスは
最高列のキミへ届けたかったんだ。
128年ぶりに遅い初雪。
今朝未明、午前1時ごろ札幌市内中心部で初雪を観測。
平年より23日、昨年より28日遅い初雪は
1890年と並んで観測史上、最も遅い記録となりました。
真夜中の初雪はさすがに見逃しましたが、
ぴりっとした朝の冷気に冬本番を実感。
やっぱり、ちゃんと、雪は降るのね~。
そんな歴史的な初雪の降る前日、
それこそ歴史的な映画を観てきました。
「ボヘミアン・ラプソディ」。伝説のバンド「クイーン」と
リードヴォーカル、フレディ・マーキュリーの人生を映し出した話題作。
もう、間違いなく、2018年のベストワン!
感動した。腰抜けた。立てなかった。
1971年ロンドンで結成されたクイーン。
夢を追いかける若者たちが出会い、常識を打ち破る音楽を生み出し、
世界中を魅了する伝説のバンドとなりました。
ロックと言えば男くさくて、何だか過激なイメージがあったけれど、
クイーンは全く違った。ヴィジュアルも音楽も美しくて知性的で、
当時、中学生だったアタシも夢中になったものでした。
お小遣いで買いまくったなぁ、LPレコード。
クイーンのアルバムはほとんど持ってた。
アルバムジャケットのデザインも超お洒落で、
勉強机の本棚の上に美術品の絵画のように飾っていたっけ。
北海道の地方都市に住む女子中学生にはクイーンのライブなんて
夢のまた夢だったけれど、あれから40年後、
こんな大きなスクリーンで美しい4人に会えた。
もう、それだけで、腰抜ける(笑)。
そして、泣いた。
フレディの孤独に、泣いた。
リードヴォーカルにして史上最高のエンターテイナーと讃えられた
フレディ・マーキュリー、その成功の影に忍び寄る深い孤独。
圧倒的なパフォーマンスで世界を魅了したフレディですが、
映画の冒頭、名もなき若者だった彼はアルバイト先の先輩から
「おい、パキ」と侮蔑的な言葉を投げかけられます。
パキ=パキスタン野郎、という意味。
ペルシャ系インド人の両親のもとに生まれたフレディは
パキスタン人ではありませんが、ザンジバル生まれインド育ち、
移民として屈折した心を抱えた青年時代を過ごしていたのでした。
最高の仲間に出会い、音楽という神が与えた天賦の才能が花開き、
華やかな成功の光に包まれた一方で、彼はずっと孤独だった。
当時のイギリスにあって移民であり、性的少数者だったフレディは
いつも「家族」を追い求めていた。自分の居場所を探していた。
「ママ、死にたくないよ・・・」
レコードを夢中で聞いていたあの頃、難解でさっぱりわからなかった、
名曲「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞が映画を観ているうちに
氷が解けるようにわかった気がした。
ありのままの僕を愛してほしい。
そう声を出せない人々のために
彼は叫び、歌っていたのかもしれない。
様々なコンプレックスを抱えながらスターになったフレディ。
フレディが音楽を通してみんなに伝えたかったこと。
映画の音楽総指揮はブライアン・メイとロジャー・テイラー。
企画書の冒頭にはフレディのこんな言葉が引用されています。
「僕はアリーナの最後列の人たち、入場できなかった人たち、
シャイな人たちのために常に歌ってつながっているんだ。
批評家やいじめっ子を飛び越えられることを見せるんだ。
僕にそれが出来れば、誰にだってやりたいことが出来るはず」。
天空まで届きそうなフレディのヴォーカルは
一番後ろの列で声を出せずにいるキミへ届けるためだったんだ。
独りぼっちじゃない、自分はなりたいものになれる。
孤独を抱きしめ、暖め、爆発させろ。
みんな一人一人がチャンピオンだ。
映画のクライマックス、
1985年のウェンブリースタジアムでのライブエイドの場面。
完璧に再現された21分間のクイーンの演奏、フレディの熱唱、歓喜する観衆。
繰り返される「We are the champion!」の歌声に
あまりに感動して腰が抜けた。
お隣のクイーン世代の女性はもう嗚咽していた。
どうして、神様はフレディを天国へ連れて行っちゃったのかな。
もっともっと歌ってほしかった。
人種や性や自分と違う人々を排除する動きがなくならない世界で
列の一番後ろで声をだせずにいる多くの人々のために。
ひとりぼっちじゃないと勇気をくれる彼の声が必要だった。
フレディ。天国で家族を見つけた?
フレディ。今はもう孤独じゃない?
2018年最高の映画。
「ボヘミアン・ラプソディ」。
今、観るべき一本です。
(写真は)
128年ぶり。
最も遅い初雪が降った朝。
歴史的な雪はもう消えていた。



