廊下の奧
「八月十五日」
「終戦記念日」
「敗戦の日」は
初秋の季語。
では「戦争」は?
令和元年の八月十五日を迎えました。
74回目の終戦の日ですが、朝のテレビは台風10号情報一色。
大型の台風10号はまもなく西日本に上陸する模様、
総雨量が1200mmに達する記録的大雨になる地域もあるとみられ、
Uターンラッシュと重なり帰省客の足を直撃しそうです。
各地で開催予定の追悼行事への影響も心配されます。
「北海道も週末にかけて雨風警戒しなくちゃね」と
手にした今朝の北海道新聞朝刊1面の「卓上四季」の冒頭、
掲載されていた一句にはっとしました。
「夏の海水兵ひとり紛失す」
季語のない新興俳句を主導した渡辺白泉が
戦時中に読んだ代表作の一つだそうです。
水兵・・・ひとり・・・「紛失す」・・・。
敵の弾に当たったのか、はずみで海へ落ちたのか、
どういう状況で水兵が行方不明になったのかは詳しく語らずとも
その命が「紛失物」のように処理される戦争の非人間性が
直球で伝わってくるすさまじい俳句だと思います。
「戦争が廊下の奥に立ってゐた」。
昭和14年(1939年)白泉26歳の時に詠んだ有名な句。
初めてこの作品に出会ったときの衝撃は忘れません。
ぼんやりのほほんと暮らしていたある日、
ふと振り返った見慣れた我が家の廊下の奥に
ぬるりと顔のない「戦争」が立っていた。
怖い。心底怖い。全身が総毛立つような戦慄を覚えた。
昭和12年に始まった日中戦争が泥沼化の様相を呈し、
次の年には国家総動員法が制定されて
時代が段々きな臭くなり始める一方、
まだどこか楽観的な雰囲気もあった昭和14年、
26歳の青年はまるで戦場カメラマンのように
既に現在進行形だった「戦争」の実相を一瞬で切り取ったのだ。
「廊下」という日常風景の奧に「戦争」が潜む。
それは昭和の時代に限ったことではないのだよと、
季語のない無季俳句が強烈なメッセージを突き付けてくる。
「八月十五日」「終戦記念日「敗戦忌」は初秋の季語だけど、
「戦争」はいつの季語でもない。
だって、それは春夏秋冬、時代に関係なく、
ぬるりと、或いはすぅ~っと、背後に立っているのかもしれないのだ。
昭和20年(1945年)8月15日の正午。
ラジオから流れてきた玉音放送が終戦を伝えました。
その瞬間を白泉はこう詠んでいます。
「玉音を理解せし者前へ出よ」
白泉さん、あなたは、ジャーナリストだ。
「戦争」の本質を圧倒的な言葉の力で切り取った昭和の俳人。
その透徹した眼差しに、令和元年の終戦記念日は、どう映っていますか?
廊下の奥に、やつは、いませんか?
涼風が吹き抜けるマンションの廊下をふと見やる八月十五日の朝。
(写真は)
今年のお盆のお花。
もっと父から「戦争」のこと、
聞いておくんだだったな。
昭和の廊下の奧に何かを見たのかな。

