高鐵の車窓から
美麗島を
北から南へ
時速300km。
高鐵の車窓から
台湾の今と昔を感じるプチ旅。
2019秋の台湾食い倒れ旅の2日目は
台風17号による雨の台北を逃れて美麗島を一気に南下。
台湾の新幹線「高速鐡路(高鐵)」で晴天の台南まで日帰り旅を決行。
日本の新幹線700系の改良型「700t」のオレンジ色の車両は
車内も日本の新幹線とほぼ同じ仕様でほっと落ち着きます。
午前10時21分、きっちり定刻に台北車站を出発。
土曜日の午前中とあってビジネス客の姿は少なく、
お洒落な今どきファッションの若者たちが目立ちます。
短く刈り込んだヘアスタイルにTシャツ姿でスマホを操作する様子は
日本の若者たちとなんら変わりません。
台北の次は板橋、国際空港のある桃園を過ぎ、
その次の新竹に着いた途端、その若者たちが一斉に下車。
あれ?新竹って、米粉で有名な街、だったよね?
台湾の若者は新幹線に乗ってまで米粉食べに来るのか?と思いきや、
高鐵の新竹駅の向こうには新しい近代的なビルが林立しています。
そうだ、そうだった、新竹は今やIT関連企業が集中する、
「台湾のシリコンバレー」と呼ばれるハイテクの町なのでした。
なるほど、未来のビル・ゲイツ、ザッカーバーグ、たちだったのねぇ。
さらに高鐵はぐんぐん南下を続け、台湾第2の都市、台中へ。
台中は1年を通じて雨が少なく台風の被害も少ない気候に恵まれた土地で、
台湾の住みやすい街No.1に何度も選ばれています。
そうそう、ぽろぽろ食べにくいけど美味しい伝統菓子「太陽餅」は
台中のご当地銘菓、ですが、途中下車するわけにはいかず、
想像だけして、我慢我慢(笑)。
台中あたりまでは都会的な風景が続いていましたが、
彰化、雲林を過ぎて嘉義に近づくあたりから車窓の景色が一変、田園風景に。
緑の色が一層濃くなり、亜熱帯から熱帯へと変わっていくようです。
それもそのはず、嘉義市あたりに北回帰線が通っていますから、
なんと陸路でアタシは熱帯に入ってきたわけ。感動。
同時に雲はきれ、眩しい熱帯の青空が広がってきました。
車窓いっぱいにそれは鮮やかな緑の水田地帯が広がり、
畦道に熱帯の椰子の木が気だるげな影を落としています。
そうだ・・・これが・・・嘉南平野だ。
台湾南部に広がる台湾最大の穀倉地帯であります。
今は青々とした豊かな水田が広がっていますが、
かつては干ばつに悩まされていた不毛の原野でした。
そこに巨大なダムを築き、灌漑水路を張り巡らせて
台湾有数の米どころに変えたのが、一人の日本人、八田與一です。
台湾の治水事業に尽力、台湾農業の礎を築いた人物として
今でも台湾の人々に愛され、慕われ、敬愛されています。
1910年東京帝国大学を卒業した土木技師八田與一は日本統治下の台湾に渡り
10年をかけて1930年に東洋最大の烏山頭ダムを完成させました。
この巨大ダムの完成によって不毛の嘉南平野には
網の目のような灌漑水路が張り巡らされ、潤いの大地へと変わり、
現在も台南、嘉義、雲林一帯の農地を豊かに潤しているのです。
現場に住み込み、日本人と台湾人の差別を排除し仕事に臨み、
予算がきつくなっても安易に台湾人を解雇することなく、
工事終了後の再雇用にも奔走したと言われる八田與一は
第2次大戦開戦にともなって水利指導のためにフィリピンに向かう途中、
乗船した船が魚雷攻撃に遭って沈没、56歳で死去しました。
八田を慕う台湾の人々はダムの堤上に彼のブロンズ像を作り、
戦争中の金属供出の命令にも、戦後の蒋介石による破壊命令にも応じず、
像を隠し守り続けたのだそうです。乃南アサの「美麗島紀行」には
「作業着姿で工事の合間に山の斜面に腰を下ろし、やれやれと額の汗を
風で飛ばしながら作業の様子を眺め、また新たな問題を考えているような」
とても自然な姿の銅像だと書かれていましたっけ。
う~ん・・・またまた途中下車して烏山頭ダムまで行きたくなってくる。
雨季には洪水に見舞われ、乾季には土埃が舞い、
何時間もかけて飲み水を汲みにいくしかなかった不毛な平原。
まずはそこに暮らす農民たちの生活を向上させねばならぬと
八田が考えたダムの建設と水路計画はあまりにもスケールが壮大で
当時は「大風呂敷の八田」と揶揄されたとも言われています。
でも彼はあきらめなかった。測量を重ね、綿密な計画を立て、無数の図面を引き、
現場で労働者と寝食を共にし、「大風呂敷」を実現させたのだ。
凄い日本人が、いたものだ。
誰も勝つと思っていない。
誰も接戦になると思っていない。
誰も僕らがこんなに犠牲にしたきたかもわからない。
信じているのは、僕たちだけだ。
ジェイミーHCがアイルランド戦直前に日本代表選手たちに贈った俳句が
戦前の台湾で大風呂敷を現実にした一人の日本人と重なってくる。
「八田先生がいなかったら、今の台湾はなかったんだよ」。
乃南アサの「美麗島紀行」にも感極まって声を詰まらせながら
台湾の人が日本人の作家に話しかける場面がでてきます。
小籠包とタピオカと魯肉飯だけじゃない。
美麗島と呼ばれる美しい島には
台湾と日本の深い深い結びつきや台湾の今と昔を物語る、
見るべき場所、行くべき場所が、いっぱいあるんだね。
高鐵の車窓から。
知れば知るほど知りたくなる
台湾の魅力を実感する。
さあ、まもなく、台南だ。
(写真は)
台湾新幹線(高鐵)の車窓から。
台湾の穀倉地帯、
嘉南平野の豊かな水田風景。
二期作が可能な熱帯。
秋の田植えが終わった水田も。
不毛の大地から奇跡の米どころへ。

