百忍太和

コツコツ励み

困難に耐え

みんな仲良く

繁栄しよう。

百忍太和の教え。

首里城炎上から一夜。

まだ現実のことと思えない気持ちです。

遠い北海道にいてすら心が引きちぎられたように辛いのに

いつも首里の丘の上にあった美しい魂が焼失した喪失感、

沖縄の人たちの心中を想うだけでまた涙が出てくる。

また再び立ち上がるためにとにかく出火原因究明、ですね。

首里城復元にあたっては台湾の存在も欠かせませんでした。

正殿の復元には沖縄県内で調達できない大量の太い木材が必要だっため、

白羽の矢が当たったのが「タイワンヒノキ」だったのです。

台湾の檜は樹齢が長く非常に太く立派でしたが

復元工事当時の台湾では伐採が制限されていて

木材価格も高騰が予想されていました。

しかし、復元工事予算が確保できたために

台湾の木材業者が調達を約束してくれたそうです。

その数年後にはタイワンヒノキの価格は3倍に上昇したそうですから、

首里城再建には海を越えての台湾とのつながりが

大きな役割を果たしていたのですね。

きっと首里城は立ち上がる。

その時はまた台湾の木材のお世話になるかもしれませんね。

そんな思いも秘めながら2019秋の台湾旅3日目リポートを続けます。

旅の3日目は台北萬華街歩き&プチ郊外トリップ。

朝の龍山寺でお詣りを済ませ、薬草ストリート「青草卷」を眺め、

清代の街路と街並みが残る歴史保存地区「剥皮寮」へ。

さらに昔ながらの伝統市場「東三水街市場」を散策、

台湾産の香ばしいピーナツをゲット、

台南のご当地魚「虱目魚(サバヒー)」のフルボディのお姿を拝見、

名前も売り方もユニークな台湾ソウルフィッシュにご挨拶しました。

再開発が進む台北市内でも希少なローカル市場、必見です。

その東三水街市場を康定路を挟んだお向かいに

台北で最も古い街萬華で長く続く老舗菓子店が2軒あります。

どちらもガイドブックにはほとんど載っていない地元に密着した老店。

まずは赤い看板が目印の「太和餅舗」。縦長の看板には

「太和餅舗 傳統餅 西點?包 台北老店 1946」とあります。

1946年創業、現在は三代目が受け継ぐまさに老店。

龍山寺のお膝元、門前町には必ず美味しい老舗菓子店がある。

この街歩きの鉄則は日本も台湾も共通しているのです。

創業当時は台湾名産の「蜜餞」や各地名産品の卸売り店でした。

「蜜餞」とは台湾特産のフルーツの蜜漬けのこと。

その後パンや伝統菓子を売る人気菓子店になったそうです。

「太和」という店名の由来は

先祖が日本統治時代に台中の「太和糖廠」で修業したことと、

「百富唯勤 百忍太和」という故事からつけられたもの。

「百富唯勤 百忍太和」とは精勤が富につながり、

あらゆる忍耐が調和を図る、という意味。

家族みんなで力を合わせてコツコツ努力、

あらゆる困難も忍耐強く忍んで調和を図ろう。

台北最古の名刹の門前で正直に商いを続けて60余年。

萬華の地元老店「太和餅舗」のお菓子はいかに、

明日へと続きます。

(写真は)

真っ赤な看板が目印

萬華の龍山寺門前で

1946年創業の老店。

「太和餅舗」