氷とマメの時代
冬は
凍れて
リンクが
凍ったあの日々
氷とマメの時代
「凍らぬリンク 減る屋外スケート場」
あ~・・・やっぱり・・・そうかぁ・・
北海道新聞朝刊の見出しに、寂しくうなづく朝。
真冬の風物詩が姿を消しつつあります。
1980年代に全国で700以上あった屋外スケート場が
直近の統計で109まで減少しているそうです。
温暖化の影響でリンクの維持が難しくなっているためで
道内でも2090年代には「スケートは屋内が当たり前」の時代が
訪れるとの予測もあるようです。
白老町のポロト湖の天然リンクは60年代から記録会が開催されている、
道内でも歴史ある屋外スケートリンクですが、2010年半ばから
2月中旬には営業終了、2018年以降は気温上昇で結氷状態が悪く
開設を見合わせるシーズンが続いているそうです。
小学校のスケート遠足で行ったよ、ポロト湖の天然リンク。
学校の校庭に作ったリンクよりずっと広くて、氷もきれいで
まわりの景色も雄大で美しくて、真冬の楽しみのひとつだったのに、
そうか・・・ポロト湖も・・・凍らなくなったのか・・・。
寒冷地気候の専門家によると、屋外リンクが結氷するには最低気温がかなり重要。
1961年以降、道内の1,2月の最低気温は上昇傾向が続き、
気候変動や都市化に伴うヒートアイランド現象の影響で
札幌の最低気温は61年1月がー10.5度、2月がー8.2度でしたが、
21年1月は―8.2度、2月はー5.6度まで上昇、釧路や帯広も同じ傾向とか。
昭和の子ども時代、室蘭の小学校では校庭リンクが冬の風物詩だった。
雪が降った朝は「リンクの雪踏み」、みんなで腕を組んで長靴でギュッギュッ!
雪を踏み固め、夜中に先生たちが水を撒くと一面きれいな氷が張って、
スケートリンクが完成、冬の体育はほぼほぼスケートだったなぁ。
校庭に楕円形のスケートリンクがあるのは当たり前だと思っていたけど、
あれは、今となっては、奇跡の冬景色になってしまったようだ。
当時の室蘭の子どもはスピードスケートが主流、初めはなかなか滑れない、
放課後も必死になって練習、靴擦れで足のマメが破れるまで頑張ったことは
今も鮮明な真冬の記憶となって残っています。
校庭リンクがあったから、難しいスピードスケートも滑れるようになった。
カツカツ、カッカッ、シャー!ジャー!ジャジャー!
スケートの刃(ブレード)が天然氷を削り、滑っていくリスミカルな音も
あの爽快な響きも、何十年経っても覚えている。
冬は冬としてきっちり寒かった。
真冬はちゃんと凍れた。
だから校庭のスケートリンクも凍った時代だった。
地球温暖化は真冬の景色を変えつつある。
校庭リンクの思い出は今となっては貴重な記憶になってしまった。
氷とマメの時代、懐かしいなぁ、では終われない。
雪と氷の文化が失われることのないように、
今からでもできることはないだろうかと思案する朝だった。
(写真は)
クリスマス前菜の一品
「タコとオレンジのカルパッチョ」
北海道産のおいしい海産物も
冷たい海が育んでくれる



