霜降の匂い
秋深まり
万物に
霜降りる頃
朝いちばんの
懐かしいあの匂いよ。
今日は二十四節気の「霜降」。
秋もぐんと深まり霜が降りる頃という意味ですね。
紅葉の盛りの北海道にとってはまさにぴったり暦通りの言葉。
朝晩は暖房が恋しくなる季節がやってきました。
そんな霜降の朝、ラジオで面白いテーマを取り上げていました。
「ストーブは『つける』って言います?それとも『たく』?」
これね、実に北海道らしいテーマ、他県では成立しません(笑)。
そうなんです、多くの北海道人は、ごく自然に
「ストーブ、たく」って言ってたりするのよねぇ~。
「つける」は「点ける」、まあ、点火の点と同じニュアンス。
だが、ある年代以上の道産子にとっては、
ストーブは「たく」=「焚く」もの。「焚く」とは燃料を燃やす、という意味、
時代は石油ストーブやセントラルヒーティングや集中暖房に変わっても、
石炭ストーブをガンガン焚いていた記憶がDNAに刷り込まれているのだ。
「なんか、冷やっとするね、ストーブたく?」
「いやあ、今朝は冷えたね、さすがにストーブたいたわ」などなど
霜降の頃、全道のあちこちでこんな会話がフツーに交わされているはず。
スイッチをONしても、ストーブを焚いた名残がいつまで消えない道産子。
寒さ厳しい北海道をしのぐためには
スイッチON、ではどこか心もとなくて、
ストーブをたく、という身体感覚を伴った言語表現がしっくり来るのだ。
体を、心を暖めてくれるのは、ガンガンたいたストーブだったから。
子供の頃、いつも朝早く目が覚めて起きると、
茶の間のストーブの前にはいつも母がいた。
その頃は、コークスストーブが我が家の大切な暖房で、朝一番に起きた母が
焚口にくしゃくしゃ丸めた新聞紙を入れ、その上に乾いた木の焚き付けを置き、
新聞紙に火を点けると、炎が焚き付けに燃え移り、パチパチ音を立てるのだった。
焚き付けが赤く燃えてきたら、コークスをじゅうのうで少しだけくべて、
そのコークスが真っ赤になったら、わっせわっせとコークスを追加する。
これで、朝の「ストーブをたく」ルーティンは無事に終了。
朝の冷気と焚き付けが燃えるちょっと煙たい匂いと
焚口を見つめる母の少しばかり真剣な眼差しを、よく覚えている。
昭和の朝、ストーブをたく、という作業は、秋冬の暮らしの起点だった。
スイッチをONすればポカポカになる今と違って、一家の主婦は
家族が起き出す前に手早く、確実にストーブをたき、部屋を暖めるために、
乾いた薪の焚き付けとコークスは前の晩からきちんと準備し、
春が来るまで毎朝毎朝、手順を守って朝一番の作業を続けていたのだ。
あれから昭和、平成、令和と時は流れ、いつしか、
「ストーブをたく」とは言わず、気がつけば「ストーブをつける」
または「暖房をつける」などと言うようになった自分に気づく。
「焚き付け」も「コークスストーブ」もコークスをすくう道具「じゅうのう」も
今では、もう、そんな言葉はほとんど聞かれなくなった。
でも、霜降の朝。
ラジオから聞こえてきた「ストーブをたく」という、
寒く厳しい北海道の冬を生き抜いてきたたくましい言葉を耳にして、
あの、ちょっと煙たい焚き付けが燃える匂いが鼻腔に蘇ってきた。
朝いちばん。誰よりも早く起きて
真剣に焚口に向かってくれた人がいたから
霜が降りた朝も、茶の間はぽかぽかあったかかったんだ。
霜降の匂いは、焚き付けの煙たい匂い。
ちょっと、目に沁みる。
(写真は)
ご近所カフェの
テーブルに咲く秋の花。
お外でお茶できるのも
そろそろおしまい、かな。



